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「あ……」
私は公園の木の麓まで歩き、メガネを拾い上げた。
「これですかね?」
「あ!それですそれです。何でそんなところに。ベンチ付近で落としたと思ったんですけどね」
彼はずいぶん恥ずかしそうに私からメガネを受け取ると、すこし頬を赤らめて笑った。
そのまますっと両手でメガネをかける。メガネを持った指がなめらかで綺麗だった。メガネの奥から細めた目で私の心の中を覗く。
「本当にありがとうございました。助かりました」
「いえいえ……メガネ、どうして落としたんですか」
「えっと……」
彼が言いづらそうな顔をしたのですぐにつけ加えた。
「言いづらいことなら全然大丈夫ですけど」
「いえ、そんなことはないです。別れ話でちょっともつれまして」
いや、それは言いづらいことだろうと反論したくなったが、彼は本当に気にしていないようだったので黙っていた。彼は別れ話で元彼女に頬を叩かれメガネが飛んだ。彼が女性に叩かれるようなことをするとは思えなくて、さらに黙り込んだ。
「いえ、叩かれたんじゃないですよ。ケンカでもないですし、もともとイマイチお互い噛み合っていない感じで……相性っていうんですかね。性格の不一致なのかな」
彼は私の心を読み取ったようで、さもおかしそうに笑いながら具体的に説明してくれた。
「振られたのは確かなんですが、彼女の家に置いていたもので返してもらいたいものがあって、慌てて追いかけたらすっ転んでしまいまして、彼女にも追いつけなかったと。まあ、後で連絡すればいいだけなんですけどね」
そんなドジな彼をどの時代でも見たことがなかった。やはり、彼が彼であってもどの時代でも同じわけではない。私がどの時代で私であっても、変わりゆくように。
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