1人が本棚に入れています
本棚に追加
「何で声をかけてくれたんですか」
何でって言われても……彼が彼だったから、とはとうてい答えられない。
「すごく……困っているみたいだったので」
「なるほど、ありがとうございます。確かに困っていました。ほとんど何も見えなかったので」
「なら人助けできてよかったです」
私は少しでも喜んでもらえたことに安堵した。
「駅まで行かれるんですか?」
「はい」
「ではそこまでご一緒に。コーヒーでもお礼に買わせて下さい」
「いえいえ、たいしたことはしていませんから」
私は、両手を振って全力で拒否した。あまり深く関わりたくはなかった。
「あ、すみません。そうですよね。いきなり知らない男に誘われても気持ち悪いですからね。ただ、お礼がしたかっただけなんですが、ほんとに申し訳ないです」
「いや、いえ、そうじゃないんです。気持ち悪くなんかないです。ただほんとにお礼されるようなことではないので……では、駅まではご一緒に。コーヒーとかお礼はいいので」
彼はにっこりと微笑んでから頷いた。
「気を使わせてしまったようですみません。駅まではちゃんと送らせていただきますので」
私たちは並んで歩きながら、ポツポツとお互いについて話した。
「困っている人を見逃せない質なんですか?」
「いや、そういうわけじゃないんですが……」
「そういうわけじゃないんですが?」
私はゆっくりと前に進む自分の靴に目を向けながら考える。どの時代でも彼に会うと考えてばかりだった。
「ずっと、助けられない人がいるんです」
思わず本音を話してしまう。私はいつの間にか彼に相談を始めていた。彼はそういう大らかな空気をまとった人で、スポンジみたいに柔らかな感覚があった。いつの時代でも変わらない。私の気持ちをまるっと吸収してくれる。
最初のコメントを投稿しよう!