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「いや、あの。そんなに」
「いいえ、至らなかった非礼をお許しください」
「これはどうも。どうも。なんか、すいません。いえね、ラーメンの屋台を引いていたのですが、売れ行きがさっぱりで廃業したばかりなんです。貯金で食いつないでいる身には大変助かります。はは」
おれは札束を、何度も頭を下げ、丁重に受け取った。男はやさしげな顔を保ったまま、おれの粗末な服装にすばやく視線を走らせた。
「調理師免許をお持ちなんですね。実は、私の知人にうどん屋を経営している者がいまして。最近、従業員が辞めて困っているそうなんです。ラーメンの他に、何かご経験は」
「はい、マクドナルドのクルーを2年やってたことがあります。屋台は夏はアイスクリーム、冬は焼き芋も売ってました。うどんも出そうかと、考えたこともあります」
「ああ、ちょうどよかった。私もそのうどん屋にたまに行くのですが、旨いですよ」
おれたちは近くの喫茶店へ入った。男は風間と名乗った。うどん屋は「ひでよし食堂」といい、風間の知人である店主は人見知りで法律や契約に明るくないため、人事についてはいっさいを自分に任せているのだという。
店はここから電車で2駅の住宅街にあり、時給はマクドナルドの1割減といったところ。金の無いおれはすぐさま契約を交わした。風間の名刺を受け取り、おれたちは喫茶店の前で別れた。風間の肩書には経営コンサルタントとあった。
そうして、2年の月日が流れた。
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