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童貞疑惑
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薄暗い部屋の中で、蝋燭の火がゆらゆらと揺れる。俺の体よりも何倍も大きい寝椅子の上で、俺は隣に座った大男……いや、大きな獣人に口付けを受けていた。
「んん……、ぁ」
くちゅくちゅと音を立てて口の中を舐められる。人間のものよりもずっと長くて分厚くて、少しだけ表面がザラザラした舌に咥内をかき回されて、苦しさと同時にじわりじわりと広がる甘い気持ちよさに腰が痺れた。
長すぎるキスに酸欠になりそうで、軽く分厚い胸板を押すと、少し名残惜し気に唇が離された。
「ん、はぁ……」
「……嫌だった?」
月みたいに輝く金色の瞳に覗き込まれて、その綺麗な色にぞくりと背中が震える。ずっと呆けて見ていたいけれどじぃと探るような視線で問われて、ゆっくりと首を横に振った。
「ちが、息、くるしい、」
まだ息が上がったままそう答えると、その瞳が三日月みたいに細められた。楽しそうにくすくすと喉の奥で笑われて、掌で頬を撫でられる。
「そうか。人間はか弱いから手加減しないとなぁ」
「獣人が、無駄に、強いだけだろ、」
俺は、は、は、と何度か息をつくと唇を尖らせてそう呟いた。すると俺の言葉に今度は声を上げて笑った彼は、俺の顎をすくいあげるとぺろりと唇を舐めてきた。
「無駄にって酷いな」
「ん、!」
体を持ち上げられて膝の上に乗せられる。掌が筋肉のない俺の腹を撫でて、そのまま指先が下肢に伸ばされる。紐で結ばれている簡素なズボンをずり下げると、すでに勃ちかけている陰茎を掴みだされた。
「あ! ひゃ、ぁあ」
「はは、腰跳ねてるの可愛い」
幹の部分を何度もすりすりと撫でられてあっという間に完全に勃起させられる。甘やかすようにもう片方の手で亀頭を撫でられると先端から我慢汁が漏れ出てきて彼の掌を濡らす。そんなことされたら手が汚れちゃう、なんてちらりと頭をよぎるけれどすぐに意識は快感に引っ張られていった。
「う~~~、んん、ぁ、あ、あ! んぁ!」
「ん? 平気?」
「へ、ぃき、! い、あ! や、やば、あ、」
俺の倍はありそうなほど大きな掌が優しく扱いてきて、あっという間に追い詰められる。このままじゃすぐにイってしまうと彼の腕を握るけれど、余計に強く早く擦られて体がびくびくと跳ねた。
「まって、っは、ぁあ゛っ、! も、」
「いいよ。イって」
「ンぅっ、んっ、んぅぅっ! 〜〜〜っいぃ"っっ!」
射精を促すような手の動きと、同時に軽く首筋に牙を立てられて堪えることができずに快感に押し流される。ぴゅるぴゅると吐精して、それに合わせて喘ぎ声が漏れる。彼の手を汚してしまったと頭の隅で思うけど、最後の一滴を出し切るまで我慢なんてできなかった。
「あ、けっこう出たね。溜まってた?」
「……デリカシーって知ってるか」
「でりかし? 知らないな」
「相手に対する気遣いっていうか、細かい配慮とか、そういうのです」
「ふーん?」
粘ついた精液の付いた手を目の前で拡げられて、羞恥心を煽るようなことを言われて眦を吊り上げる。だけど彼は本当に『デリカシー』なんてものは知らないようで――おそらく『この世界』には存在しないんだろう――笑みを浮かべた顔で首を傾げた。その顔にぺしりと手巾を投げつけて精液を拭わせると、俺は小さく息を吐いた。
「まぁいいか。ね、ハンス……、」
緩く微笑んだ顔が可愛いと思いながら彼の胸に手を伸ばし、まだきっちりと着こまれたままのシャツを引っ張った。
「ん? 足りない?」
「いや、ちがくて、」
「じゃあ次は口でしてあげよっか」
「そうじゃなくて、ハンスも……」
彼に伸ばしたはずの手を遮るように掴まれて、寝椅子に転がされる。中途半端にずりおろされていたズボンを完全に引き下げられると、彼は俺の脚を大きく広げた。
「ちょ、ハンス!」
「ん。こっちも気持ちよくさせてやるよ」
脚の間にしゃがみ込んでべろりと陰茎を舐めた彼は、俺の言葉を聞かずにその奥にある後孔に指を這わせた。くすぐるように何度もそこを撫でた後に、つぷりと指先を差し込まれる。揉むようにして弄られた後に、どこに隠していたのだろうか香油を垂らされて更に奥にまで指を指し込まれた。
「や! あ、うぁあっ…は、はん、す! 、ひ、あっ!」
「キツイ?」
「あっ! ん、……ふっ…ぐっ…、」
きつくはない。気持ちいい。だけどまた俺ばかり追い詰められてしまうことが嫌で首を横に振る。その仕草を気持ちいいのだと取ったらしいハンスは、ゆるく再び兆し始めた俺の陰茎を舌先で舐めると、ふー、と荒い息を吐いた。
「じゃあ指、増やすな」
「ぁっ、あっ、ぁあうっ!」
言葉通りに二本目の指が入ってくる。ぎちぎちとキツイけれど俺の後孔はそれを飲み込んでいく。ぬめりを帯びた指先が俺の前立腺を探すように内側を撫で、ぷくりとしたところに指をぴたりと止められた。
ああ、ヤバイ。またこのままだと指でイかされてしまう。指で。ぐぅと喉が詰まるけれど、腰を掴まれて逃げられない。
「いッ! 、や、やめ、う゛あ゛! ん゛~~~~っ!」
「はは、気持ちよさそ。もう一本……は、まだ無理かな」
やめろ、という言葉よりも先にぐりぐりと弱いところを捏ねられて、さっきイったばかりの体が大きく震える。気持ちいい?と顔を覗き込まれるけれど喘ぎ声に塗れてしまって声にならない。シャツすら脱いでいない彼を見て、まただ、と頭の中で思いながら、俺は無理やり与えられるような快感に喘ぐことしかできなかった。
◇◇◇◇◇
「じゃあ俺はそろそろ仕事だから出るけど、アオはまだ寝てて」
「ん。いってらっしゃい。鍵かけてくね」
ちゅ、と軽く頭にキスをされて頭を撫でられる。小さく掠れた声に眉をしかめるけれど、すぐに治るだろうと喉を擦った。俺をベッドに置いたまま出ていく背中……とその背中のすぐ下、尾てい骨のところで揺れる尻尾を見送った。
「獣人、ねぇ。ほんと凄い世界だわ」
そうなんだ。
この世界は、俺が住みなれた地球とは大分違うところらしい。日本で平凡なゲイとしてアラサーまで生きていたはずの俺は、キャンプで出かけた先で川に落ちた子供を助けて……その後の記憶はあやふやだけれど気が付いたらこの世界にいた。
この世界の住人は九割が獣人と呼ばれる半分人間で半分獣のような生き物で、残りの一割が俺と同じような人間だ。元の世界に比べると文明レベルはやや低いが、きっとそれは獣人が人間よりも遥かに体力があるせいだと思う。俺の脚だったら何十日もかかる距離を半日で走ったり、おそらく何百キロもある海を手漕ぎボートだけですいすいと漕いだりできる体力のある獣人たちは、石炭や石油のようなエネルギーに頼らなくてもたいがいのことは解決できてしまうらしい。だが力任せに生きている獣人たちだが気質は穏やかな者が多く、一部の縄張り争いなどを除けばいたって平和な世界だった。
そう、ここは日本よりもずっと平和な世界だった。右も左も分からないような状態でこの世界に飛ばされた俺でも受け入れてくれ、行き場所がないと分かるとしばらくの間の宿を与え職業も紹介してくれた。幸いなことに言葉は通じるし読み書きも難しくなくてなんとか日常会話程度は習得した。そうしてここに来てからおよそ一年で、俺は生活に困らない程度にはこの世界に慣れて……そして恋人までできた。
「けど、なぁ……」
はぁ、とため息をついてベッドの中で転がる。平和なこの世界に慣れて恋人もできて、さらに悩むなんて贅沢な気もするけど……ここ最近ずっとモヤモヤしていることにどうしても気持ちが落ち込んで、恋人の顔を頭に思い浮かべた。
ハンス・ゼーネフェルダー。豹の獣人で第1騎士団で団員をしている。歳は俺よりも少し上らしいけど、獣人と人間だと年の取り方が違うらしくて、あっちは8歳ころには成人するらしいからあまり年齢というものの意味はなさないらしい。俺よりも頭一つ分以上大きな背丈に、獣人にしてはすらりとした体。金色の髪の毛は短いけれどゆるくウェーブがかかり、どういう仕組みなのか豹らしい斑点が浮かんでいる。だまっていると恐ろしいほど美形だけど、結構冗談が好きで笑うとへにゃりと甘く崩れる顔立ち。正直言ってなんの取り柄もなければイケメンでもない俺にはもったいないような相手だ。日本でもゲイで何人かと付き合ってきたけれど、こんな格好いい人はテレビの中でも見たことがない。
そんな彼は俺の何が気に入ったのか、知り合ってすぐに口説かれて、そろそろ付き合い始めてから半年は経つ。最初は彼のややチャラそうな見た目と騎士団という立場から遊ばれているんじゃないかと警戒していたけれど、彼はずっと優しくて頼りがいがあって誠実で、こちらで俺に身寄りがないのも相まってすっかり彼に俺は懐いてしまった。
少しの時を経てこうしてハンスの部屋に入り浸るようにもなって、ハンスになら何されてもいいと思うようになってもうかなりの時間が経つんだけれど……俺には一つだけ不満があった。
それは、ハンスが俺とセックスしてくれないことだ。
正確には挿入してくれない。昨日の触り合い、いや一方的に俺が触られていた時も結局ハンスは俺だけイかせて自分のものは触らせてくれなかった。最初は男だからダメなのかと思っていたけど、俺のチンコは戸惑いなく触るしなんなら舐めるし、後ろだって指までは挿れてくれる。だけどそこまででいつも俺はぐずぐずになってしまって、気が付いたら吐き出すだけ吐き出して寝落ちしてしまうのだ。
そんなのおかしいだろ。
結局昨日も挿れてくれなかったことを思い出して、ぐぅと歯を噛みしめる。これじゃあいつまで経っても恋人同士と胸を張って言えない気がする。
「俺……なんか悪いことしたのかな」
俺に魅力がないからじゃないかと思わなかったわけじゃない。だけどそのことを考えると行きつく先は別れしなかくて、それは嫌だと首を横に振った。
どうにかして抱いてくれれば安心できるのにと思いながらベッドから立ち上がり、支度をしようと大きく伸びをして……握った拳が、がつんと音をたてて棚にぶつかった。そして何かが軽い音をたてて床に落っこちた。
「わ、やば!」
どうやら本らしい。見たことがないそれは、きっと俺の手の届かない一番上に置かれていたんだろう。地面に開いて落ちたそれを慌てて拾い上げて、傷や折れができていないか確認する。大丈夫そうだとほっと息を吐いて、その表紙に視線を向けて……俺はそのタイトルに固まることになった。
『はじめてでも分かる! 人間との交尾 ~仲良し初心者編~』
「え……? なにこれ」
人間との交尾。交尾ってあれだよな。セックス的な。
あまりなタイトルにしばらく呆然として、それから人の物だとか考えられずに思わず本を開いた。
『1. セックスする前に 人間の体について学ぼう
2. 人間はとっても繊細! 警戒心を解いてあげよう
3. 無理強いは禁物! 人間は傷つきやすい生き物
4. セックスの強い味方! 安全なお薬のすすめ
5. Q&A』
「……ふむ」
ぺらりとページをめくるとまずは人間の男女の体についての記載がある。男、女の体の違い。性質。体力。どういうときに性的興奮を覚えるのか。絵はほとんどなくて更に印刷技術もあまり高くないので読みにくいが、まるで教科書のようにつらつらと書かれていることは、なんというか子供向けの性教育の本だった。もしくは、とんでもなく初心者……それこそ初めてセックスする人向けのような。
数ページ読み進めて俺はぱたりと本を閉じ、一度深く深呼吸をして呟いた。
「もしかして、あいつ童貞なのか……?」
そう思うとなんとなく、それまでのつじつまが合ってくる気がする。実はキスするまでもまぁまぁ時間がかかった。壊さないか不安とかあれこれ言ってた気がするけど、どう考えてもアラサー男の俺がキスで壊れる要素はない。そして彼の部屋に今でこそ入り浸っているが、最初はどちらかの部屋で話そうと言うだけでまるで思春期の娘を父親が叱るような勢いで怒られた。密室なんて危険だ。男は獣なんだって、そりゃ獣人なんだから当たり前だろうみたいなことも言われた気がする。
そして極めつけは、いつまでたっても最後まで進まない関係だ。
――気持ちは分かる。男も女も、ハジメテは怖いよな。
目を閉じて彼のイケメンな顔を思い出す。あんなに格好いいのに今まで彼女とか彼氏とかいなかったのか……。まぁそこらへんは人それぞれ、若い頃は勉学に勤しんだタイプかもしれないし。と、勝手に騎士団デビューしたのだと決めつけてぎゅっと本を抱える。
「待ってろよ、ハンス。俺が男にしてやるぜ……!」
そうして俺たちも晴れてハッピー恋人ライフだ! セックスなんて一度してしまえば要領はつかめる。そして幸いなことに俺は処女じゃない。だとしたら俺がリードしてやるのが、経験者のつとめっていうやつだろう。
考えてみればあのハンスを組み敷いて撫でまわして気持ちよくさせてやるっていうのは意外と悪くない気がしてきた。
普段は飄々とした態度でいる彼。だけど妄想の中では可愛らしく頬を染め、俺の手管に声を上げる。はじめてだから優しくしてと子猫のように鳴くハンスの陰茎を舐めてでかくして、俺の後ろに突っ込んで気持ちよくしてやるのは……うん。悪くない。俺が騎乗位で腰を揺するだけであっという間に極まってしまうなんてのも可愛い気がする。
どれだけ早漏でも可愛いし愛してやるからな! そう心に誓った俺は瞳にやる気を灯し拳を高く突き上げた。
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