二つの神社

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二つの神社

苦い思い出とともに石畳を引き続き歩く利久。左手に竹藪が見えてきた。いつもはここからが散歩のハイライト、最高の癒しの場。だが、まだイラつく利久はくつろげない。 やがて境内も終わり門前通りに出た。右手に大きな赤い鳥居、左手には丘が見える。一瞬ためらう利久。だがその足は自然に右手の神社に向かう。ちなみに丘には明治時代に創建された神社が『織田信長』を祀っている。かたや、右手の神社は平安時代創建、その祭りは京都三大奇祭の一つ。 門前通りに出て歩き始める利久。右手には禅寺の外周となる風情ある土塀がイチョウ並木とともにしばらく続く。晴れた秋の日にはその葉が高い青空のもと黄金色に輝く。 「いつ見ても渋い土塀だなぁ」感心しながら神社に向かう利久は自問する。 「何で左じゃなく右?そっかぁ。あそこは『やすらい祭り』があったよなぁ。俺の心も無意識にやすらい求めてるんだ」少々言い訳がましい。その時、ふと背中に鋭い視線を感じる。思わず振り返り丘の神社のあたりをじっと見つめる利久。なぜかじわーっとうしろめたさが沸き上がり、病室の小田部長の姿が浮かぶ。自然にこうべが垂れた。    拝殿で神妙に手を合わせ「コンペに勝てますように」願掛けする利久。だいぶ気持ちが落ち着いてきた。そろそろ家に戻ろうかと社の東門に向かう。ちょうどその時、スマホが小さく振動した。SMSにメッセージが着信している。  阿久津光英からだった。企画部に戻った彼は今やチームAの一員だ。 「先輩、今日はお疲れ様でした。部長の言うことなんか気にしないでください。我々の意志を貫きましょう。会社を変えるチャンスです‼ 意志田リーダー」  伊志田の苗字が変換ミス。文末には親指を立てた絵文字まである。 「彼はミーティングで何か言ったか?」  素直に喜べない利久。  むしろ、いやーな気持ち悪さが心の奥底でざわつく。
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