あぶり餅

1/1
前へ
/6ページ
次へ

あぶり餅

 その時だ。一陣の風がさぁっと吹いた。 「おっ、香ばしい!」  あぶり餅の香りであった。  親指大の千切り餅にきな粉をまぶし、串に刺し炭火であぶって香ばしい焦げ目をつけ、白味噌だれを絡める和菓子。知る人ぞ知る京都の名物。  神社の東門を出た参道には、このあぶり餅を面前であぶる、昔ながらの佇まいの茶屋が道を挟んで二軒店を構えている。一つは元祖、もう一つは本家。利久にとっておいしさはどちらも同じ。左利きの利久は誘い込まれるように左の店へ。  香ばしいあぶり餅と茶を楽しんでいるとこれまでの怒り、焦燥感、もやもや、気持ち悪さがゆっくり溶けていく。ゆるやかに過ぎる時と餅の絶妙の甘さが疲れた頭をほぐす。食べ終わるころにはすっかり心が軽くなっていた利久。支払いを済ませ気分よく自宅に向かいかけたとき、ふと妻の顔が浮かんだ。 「そうだ、土産買って行こう」今度は右の店に寄り一人前を頼んだ。  出来上がったあぶり餅を手にさきほどの食感と幸せな感覚を思い出し自然と頬が緩む利久。不意にアイデアが閃いた。 「この串で部長の腹を刺す。ポンッ‼と破裂し、色とりどりの紙吹雪が舞い上がる」  空想に利久の心がときめく。まるで心の重い蓋がポンッ‼とあいたよう。 「くさらずもう一度、チームでプランを振り返ってみようか・・・」  妻の待つ自宅に向かう伊志田利久。  彼のあゆみは軽やかにはずんでいた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加