トロッコ問題

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『あなたはトロッコ問題を知っていますか?』  真っ白な空間。俺以外に何も無い部屋の何処からかその声は聞こえて来た。 「トロッコ問題? あの人1人轢くか3人轢くかみたいなやつだろ?」 『はい。トロッコ問題はフィリッパ・フットが1967年に提起した思考実験です。貴方には今からそれを行って頂きます』 「そもそもここは何処なんだ、やっとムショから解放されて家族と暮らすっつーのに変な事に巻き込みやがって」 『もし最後まで解答して頂けたら、何でも願いを1つ叶えて差し上げましょう』 「ほう、言ったな? ま、どうせやんないと出す気も無いんだろ? 良いぜやってやるよ」 『では、早速説明に入らせて頂きます。私がAの道とBの道に居る人を教えます。トロッコは貴方がボタンを押さない限りAを押したらBにいる人を轢きます』  赤いボタンが目の前に現れた。こいつを押すかどうかを決めるらしい。全く。悪趣味なゲームだ。 「で、早速その問題とやらを出してみろよ」 『Aのレールには母親。Bの道には顔見知り人2人。ボタンを押しますか?』  初っ端から飛ばした問題だな。いや、これこそ思考実験になるのか? 「……まぁ、産んで貰った恩もあるしな」  俺は一瞬考え、すぐにボタンを押した。 『では、顔見知り2人はトロッコに轢かれました』  淡々と語るその現実味の無い話に、変な苦味が口に広がった。 『Aのレールには貴方の子供2人、Bのレールには3人の家族。ボタンを押しますか?』 「……押す」  ボタンが無機質にカチッと鳴る。気色悪い。こんな選択肢を一々迫るんじゃねぇ。 『では、家族3人はトロッコに轢かれました』 「待て、後何問あるんだよ」 『後2問になります。Aには貴方の同僚25人。Bには抗争中のヤクザ68人。ボタンを押しますか?』 「……俺の事は全部お見通しって訳だな」  まぁ、商売仇が減るならありがたい話だ。 「押してやるよ」 『では、抗争中のヤクザ68人はトロッコに轢かれました』 「やっと終わりか」  これで家族の元に帰れる。しかも本当かは知らんが願いも叶えてくれるらしいしな。 『では最後の問題です。Aには73人殺した殺人鬼。Bには人を1人も救えなかった偽善者。ボタンを押しますか?』 わざわざ殺人鬼から変えて殺すのはなぁ。 「んや押さねぇ」 『では、殺人鬼はトロッコに轢かれました』  誰も居なくなった赤い部屋。壁が横にスライドし、何者かがやってくる。 「結局、君も気付かぬままだったね。所詮人生なんて引かれたレールという道の上を進んでるだけに過ぎない。それをいくら必死に切り替えようとも、結果は悪くしかならないよ。トロッコが走る時には既にレールは作り終わってるんだからね」  こちらを見上げて言うと、何者かは何処かへと去ってしまった。 『これにて実験を終了します』  
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