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海岸に降りても充希はすぐにカメラを出さなかった。今の自分の気分が写り込んだら嫌だった。
散策を始めるとすぐにビーチグラスを一つ見つけた。けれどオレンジ色ではなかった。オレンジ色ではないけれど少しだけレアな色。
今日はついてるかもしれないと思った。けれども颯太と一緒にいる最後の日だと思えば、ついている日だなんて思えない。
充希はなんだか遣瀬なくてため息をついた。
と、写真を撮っていた颯太がそばにやってきて言った。
「あのさ、最後だから少し話そうよ」
いつも通りの口調が憎たらしくて、充希は少し捻くれた返事をした。
「いいよ。わたしは明日も明後日も来られるから」
そんな言い方をしたくせに内心恥じた。けれども颯太は気にした風はなかった。
海岸にはベンチがひとつある。どこかの文化系の部が鑑賞ように置いたままそのままになっているから自由に使っていた。
隣同士に座ってみると、いつものことなのに不思議な気分になった。
明日がなくなる、と充希は思った。
当たり前すぎてこの毎日の景色がなくなるなんて思ってもみなかった。
充希はもちろん、話そうと言った颯太もなにも言わない。なにも言えなかった。言葉が出てこなくなってしまった。
沈黙、ざわめく波音。鳥の鳴き声。それから、体育館の向こうから聞こえてくる部活に励む音。
暫くして、ようやく颯太が口を開いた。
「あのさ、僕。自信がないんだ」
と言った。
「転校してからうまくやっていけるかな」
沈んだ声でそう言う。
そんなことを言ったら、と充希は思った。充希だって自信がない。だから、
「颯太は大丈夫、わたしもきっと大丈夫」
そう言って先ほど拾ったビーチグラスを渡した。
「今日拾ったの?」
「うん。餞」
「そんな風に言われたら寂しくなる」
そんな風に言わなくても寂しいんだよと充希は思った。
「じゃあ、どうしたらいい?」
すると颯太は黙り込んでしまった。
お互いに人付き合いがあまり得意じゃないから親友というポジションは絶好だった。だから離れてしまうこれからが不安でたまらない。
「オレンジのビーチグラス探す? 見つけたらきっとずっとうまくいく」
充希の提案に颯太が首を振った。
「見つからなかったら、この先ずっと暗闇になりそうでやだ」
「じゃあ手を繋ぐ?」
「それはいいかもしれない」
肩を寄せ合って手を繋いだふたりの間にはまた沈黙。充希は言ったり聞いたりしなければならないことがあるのに口が開けない。
颯太はきっと恋の好きで自分を見ていないと充希は気付いた。そうしたら自分の好きも本当に恋の好きかわからなくなってしまった。
けれども好きに違いなくて。
だから関係の格上げは諦めて、親友として連絡先とか色々聞かないといけなくなった。
明日から充希の風景に颯太はいない。今だけがチャンス。
けれども。口が鉛のように固く重くて開いてくれない。
ちらりと鞄に目をやると、紫色のアスターが一輪刺さっている。花瓶から拝借したものの、颯太が花占いをやらなかったからだ。
アスターの花言葉は「恋の勝利」。他にもいくつかある。どれも恋はうまく行きます系だったはずだと思い出すと充希は嫌になった。
この恋を信じたいなんて、もう思えなかった。だって何も言えない、勇気がないのだもの。
口を開けば何かが始まって、何かが終わる。
その何かが充希は怖かった。
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