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放課後の教室、充希は花瓶からアスターを一輪取ると廊下にすぐ近い机に腰を預けた。
アスターといえば花占い。「好き、嫌い、好き……」と言いながら花びらを散らしていく。
充希の場合は少し違って「来る、来ない、来る、来ない……」と唱えながら花びらを散らしている。
運命の人が来るか来ないか占い。
ちょうど人を待っているところだったし、この恋を信じたい。
「来る、来ない、来る、来ない……」
アスターの花びらが床に散らばっていく。
放課後の廊下から足音が教室に響いてくる、
最後の一枚、「来た!」と声を上げると充希は勢いよく立ち上がった。
と同時に、一年生の時のクラスメイトだった颯太が教室に飛び込んできた。
写真が趣味の二人は毎日一緒に学校の裏にある海岸へ撮影に出かける。写真仲間の二人は一眼レフのカメラで毎日の浜の姿を写真に残す。
自然に同じ瞬間はないから毎日通う。
ふたりは写真の他にビーチグラスも集めていた。10,000個に一個しかないと言われているオレンジ色のビーチグラスが欲しい。見つかったら素敵な何かが起こるかもしれない。ただ漠然とそんな風に胸を弾ませながらオレンジ色のビーチグラスを探していた。
変わらないものはない。一瞬一瞬の全てが違っていて、ちゃんと違って見えるから、ふたりは変化というものが好きだった。だから海を撮る。
「なにしてたの?」
颯太が足元に花びらが散らばる充希のさまを尋ねた。
「花占い」
「なにそれ?」
「じゃあやってみるといいわ」
そうして充希は窓際の棚へアスターを取りに行った。もう一輪拝借して颯太の元へ戻りながら、「好き、嫌い、好きって花びらを散らすやつ」と、アスターを差し出したけれど颯太は受け取らなかった。
「知ってる。けどやらない」
「やってみればいいのに」
「それよりも、大事な話があるんだ」
颯太が随分と真剣な顔をしているから、充希は花占いを頭から追い出した。それから「悩み事?」と尋ねた。
「僕、転校するんだ」
と颯太が言った。
「え?」
突然のことにそう返すのが充希の精一杯だった。
だって今さっき。「来る」のところで颯太が現れたばっかりだった。
「ごめん、言い出せなくて。明日引っ越す」
変化は好きだけど、変わってほしくないものだってあった。
「だから、海に行くの、今日が最後になる」
充希は今の颯太との関係が好きだった。親友みたいな片想い。
この関係を続けるのに必要なことはなんだろう。
一緒が当たり前でケータイ番号もメアドも知らないことに今更気付く。
それから。
好きだと言わなといけない気がした。
遠く離れても心を通わすには親友だと濃度が薄い気がした。
「充希ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫」
でも本当は大丈夫ではないかもしれなかった。変わらないものがあるから変わっていくことを楽しめるわけで。
「大丈夫だから、早く海岸行こう」
強がった充希は机に置いていた鞄を背負った。
海岸へは体育館の裏から降りられる。
校舎を出てグラウンドを横切っていく。
すると陸上部が練習する脇を通らなければならなかった。
「合川! 陸上部入って!」
中学の陸上部の先輩である波木が必ず声を掛けてくる。颯太と海岸へ向かうようになってから毎日だ。
「いやです!」
いつものように一言で撃墜すると、波木をちらりと伺う。懲りない波木の悔しそうな顔に充希がぷっと吹き出すと颯太も吹き出す。
まるで日課のようなこのやりとりを颯太が見るのも今日で最後。
明日からは全てが違う景色になるってしまう、と笑っている颯太の横で充希は思った。
颯太がいる風景はどこにもなくなってしまう。
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