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4 S
「はしご登る時気を付けろよ。じゃ、俺着替えてくっから」
もう一度オレの頭を撫でて、羽村は部室棟へ向かった。
オレはコートでもこもこになりながら、まだ人のまばらな冷え冷えの体育館に入った。入口からほど近いはしごを使ってキャットウォークに登る。
一番見やすいお気に入りの場所に立って、足元にカバンを置いた。
ここは窓から外走ってるところも見られる。ちょっとだけど。
ほんとは全部見たい。できることなら追いかけて全部。
…絶対無理だけど。羽村めっちゃ足速いし。
走ってるところもバスケしてるところも、羽村はすっごいカッコいい。
それこそ時間を忘れて見入っちゃうくらい。
「あー、やっぱいるー、佐伯くん。てかすっごいあったかそうな格好してんね」
「百瀬さん」
百瀬さんはバスケ部見学仲間だ。
カラッと明るい女の子で、長く通ってるみたいでバスケにも部員にも詳しくて色々教えてくれる。にこにこハキハキしてる子で、なんていうか『敵を作らない距離感が上手い子』だと思う。
そして百瀬さんには、誰かは教えてくれないけどお目当ての先輩がいるんだって。先輩なら全然オッケーだ。
「それ、羽村くんのコートでしょ」
「えっ」
「だって着てるの見たことあるもん」
「あ、そっ、そっか…っ」
そうだよねって思いながら、でもドキドキしてる。
「仲良しだよねぇ」
「え?」
「あ、佐伯くん。みんな入ってきたよ、バスケ部。羽村くんもいるよ」
百瀬さんが下を指差してそう言って、オレも慌てて手摺りを掴んで下を見た。
あっ
羽村がこっちを見上げて軽く手を振ってくれた。
わーい
オレも振り返す。井澤先輩もオレを見上げて、そして羽村に何かこそっと耳打ちした。
何言われたんだろ、羽村。ちょっと井澤先輩を睨んでた。
いつものようにウォーミングアップをしてる間に、徐々にギャラリーが増えてくる。やっぱシュート練習とか実戦練習の方が分かりやすく格好いいから、それぐらいの時間を目指してみんな見に来てるんだと思う。
今日も体育館は満員御礼だ。
この中の何人くらいが羽村を見に来てるのかな。
でも羽村はオレのだけどね
手摺りに肘を突いて、少し肩を窄めて下を見てる。羽村のコートは大きくて手はほとんど出ないし、コートの中に埋もれてるみたいになって…。
羽村の匂い、する…
幸せ感倍増だ
体育館を走る足音。バッシュが床に擦れる音。ドリブルの音。ギャラリーの女の子の歓声。
そのたくさんの音の中でも、不思議と羽村の声は聞き分けられた。
そういえば、前回ここで羽村を見た時は、まだオレと羽村は友達だった。
だから、羽村への気持ちがバレるのが怖くて、手を振り返すとかもできなかった。
でも今は、視線が合っても手を振っても大丈夫。
羽村はオレの恋人、だから。
ずっと好きだったって、言ってくれた。
迷いのないリズムでシュートを決めた羽村がオレを見上げた。
オレから、小さく手を振ってみる。羽村がにこっと笑った。
途端に周りからキャーッて歓声が上がって、羽村は先輩に肘で突かれてた。
カッコいいなあって思ってる間に夕方になって、今日の練習は終了した。
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