60 S

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60 S

 放課後になって、オレの三者面談は2番目だったから、体育館には行かないで廊下で待つことにした。 「俺、とりあえず着替えてくる。お前が出てくるところにすれ違うくらいになるな、たぶん」 「うん、そうだね」  いつも通り部活見て一緒に帰りたかったなぁって思いながら見上げると、匡也も残念そうな顔をしていた。 「土日、長いな」  少し屈んだ匡也がぼそっと言った。 「うん…長い」  でもその後は… 「じゃあな」って教室を出ていく匡也の広い背中を見送った。    三者面談1人目の竹内のお母さんが遅れてきて、しかも予定の15分をオーバーして喋ってたから、母と2人、廊下で「寒いね」って言い合いながら待つことになった。途中で上野さんと上野さんのお父さんも来て、挨拶してやっぱり「寒いね」って言った。  面談では「もうちょっと勉強を頑張るように」って言われて、やっぱりって思いながら「はい」って応えた。  教室から出た時、匡也はまだ来ていなかった。でも、廊下に並べた椅子の1番端に、背の高そうなキリッとした女の人が座ってた。  …たぶん、あの人が匡也のお母さんだ  その人がふと視線を上げたから、ドキドキしながら軽く会釈をした。向こうも少し微笑んで会釈を返してくれて、なんかホッとした。  母と並んで昇降口へ向かっていると、廊下の向こうの方の階段ホールから匡也が現れたのが見えた。  やばい…  すっごい格好いい  心臓がぎゅんってなっちゃう  すれ違う時「またな」って言った匡也はオレの母に会釈をしていって、オレも「またね」って言って、母もぴょこんと会釈を返してた。 「背高いわねぇ、彼」  母が匡也を目で追いながら言う。 「バスケ部だからね」  ドキドキしながら、普通に聞こえるように応えた、つもり。 「あ、じゃあ詩音が毎日見に行ってるのは彼ね。確かに格好いいわね」 「えっ、お、お母さ…っ」 「だって詩音、1番最初に見て帰ってきた時言ってたじゃない。『格好よかったから、つい最後まで見ちゃった』って」  うわわわわわわっ  恥ずかしい…っ  ちらっと振り返ったら、匡也も振り返ってて目が合った。  わ、笑ってるし…っ  聞かれたっ、匡也に    いや、聞かれてマズい内容じゃないけどっ  でもっ、恥ずかしい…っ 「ふふっ、イケメン見ちゃった。ラッキー」  母はご機嫌な様子で歩いてて、でもオレは色んな意味で心臓がバクバクいってる。  でも。  お母さん、匡也のこと格好いいって言った。イケメンだって。  でしょ?って言いたくなった。 「ね、詩音。さっきの彼、お名前はなんていうの?」  母が微笑んで訊いてくる。  とくとくと跳ねる心臓に気付かれませんように。  息をスッと吸い込む。 「…羽村…」  声が少し震えてしまうから、ぐっとお腹に力を入れた。 「羽村、匡也」
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