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学校は妙なルールが色々あるけど、うちの担任の席替えルールは割と気に入ってる。俺は必ず後方の席になるから、授業中詩音を見ていられる。
その代わり、隣とかはないんだけどさ。
今も斜め前方の席の詩音が、うなだれてるのが見える。
放課後、部活見に来られないからって、一緒に帰れないからって凹んでくれてるんだと思う。
ほんと可愛いやつ
放課後になって、今日も1人で部活に向かった。時間を気にしてたつもりだったけど少し遅くなって、急いで階段を昇って教室に向かった。
階段ホールから廊下に出ると、前から詩音が歩いてきていた。
隣にいるのが詩音の母親か。
そっくりじゃん。お母さん美人だなー。
はにかんだ笑顔を見せてくれた詩音に「またな」と、当たり障りのない声がけをして、詩音の母親に軽く会釈をした。
これで良かった、よな?失礼じゃなかったよな?
すれ違ってしまってから、やたら心配になった。
今後も付き合いがあるはずの詩音の母親だ。
悪い印象を持たれては堪らない。
ドキドキしていたら、詩音たちの会話が聞こえた。
廊下は何気に声が響く。
「あ、じゃあ詩音が毎日見に行ってるのは彼ね。確かに格好いいわね」
え?
「だって詩音、一番最初に見て帰ってきた時言ってたじゃない。『格好よかったからつい最後まで見ちゃった』って」
んなこと言ってたの?お前
そう思って振り返ったら詩音も振り返ってて、その顔が恥ずかしそうな困り顔だったから笑ってしまった。
めちゃくちゃ可愛いじゃん
それ以降はもう離れてしまって聞こえなかった。
教室に着いたら母が廊下に並べた椅子に座って待っていた。
「あら匡也、なんかいいことあったの?」
「え、あー…まあ」
ごにょごにょと誤魔化しながら母の隣の椅子に腰掛けた。
母が俺の方にスッと顔を寄せた。
「そう言えば、今入ってる子の前の子、出てきた時に会釈してくれたんだけどね、男の子なのにすごい可愛かったわー。お母さんとそっくりで」
ドキンと心臓が跳ねた。
「あー…、そいつは俺の…」
恋人
「あら、あの子お友達なの?匡也の友達にしては珍しいタイプね」
「あ…えっと…」
友達じゃ、ねぇし
「そっかぁ、高校は色んな子がいるわねぇ。あの子お名前は?」
どくどくと、廊下に響き渡ってるんじゃないかと思うほど鼓動が強い。
声が震えないように、掠れないように腹に力を込めた。
深く息を吸う。
「…佐伯、詩音」
「あら、名前まで可愛いのねぇ。素敵」
これ以上詩音の話を続けるのはマズい、そう思っていたら引き戸が開いて上野とその父親が出てきて少しホッとした。
面談そのものも気が重いから、そんなに安らぐわけじゃねぇけど。
「部活をすごい頑張ってて活躍してるのは素晴らしいから、勉強の方にもその力を少し向けるといいですね」
という、思ったよりは優しめの言葉をかけられて「はい」と応えて息をついた。
「じゃ、俺まだ部活あるから」
「はいはい、頑張ってね。気を付けて帰ってくるのよー」
昇降口の前で母と別れて体育館に向かった。
…詩音いねぇんだよなぁ…
はぁー…っと息を吐いて、両頬をパンッと手で叩いた。
しっかりしろ、俺。詩音にもたれかかるな。
自分がぐらぐらしてて、詩音を守れるわけないだろう。
ジャージのファスナーを下ろしながら体育館に入ると、ちょうど川嶋先輩が出て行くところだった。
「面談っすか?」
「そ。ちょっと行ってくる。パス練やってっからテキトーに入って」
「はい」
とりあえず部活だ、練習だ。頑張れ俺。
「おー、おかえり羽村。今日は佐伯くん来ねぇの?」
散々走ってるだろうに、あまり呼吸の乱れも感じられない口調で井澤部長が話しかけてきた。
「家の用事で帰りました」
「そっかー。そりゃ残念」
そう言って笑って、また走り出した。
負けてらんねぇ
夢中で走り回ってるうちに部活は終わって、久々に1人で帰った。土日は夕方だけど、平日の部活終わりは完全に夜だ。
「さみー…」
いつも詩音をあっためてやってるつもりだったけど、あっためてもらってたのは俺の方だったんだな…。
恋しい
早く会いたい
電車が詩音の家の最寄駅に着いてドアが開いた。
いつもはここで一旦降りる。
見慣れてきたホームを眺めて、ついため息をついた。
会いたいなぁ…
発車のベルが鳴ってドアが閉まり電車が走り始める。
ホームを過ぎ去るともう、外は見えなくなった。
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