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「そういうことだからさ、おれはお前と佐伯くんを全力で見守ってくつもりだから。あれだよな、佐伯くんて周りが結構気付いてんの気付いてねぇ感じだよな?」 「あ、あー…、はい。天然入ってんで、あいつ」 「だよなー、可愛いよなー、たまんねぇよなー」  くすくす笑いながら立ち上がって、井澤部長は自分のロッカーの中から薬局でもらうみたいな紙袋を取り出した。  そしてそれを俺の前に差し出す。 「これ、クリスマスプレゼント。羽村と佐伯くんに」 「は?」 「まぁ受け取れよ。悪いもんじゃねぇから」  ほら、って言われて手を出すと、井澤部長は俺の手の上に紙袋を置いた。  そんなに重くはない。  なんだ? 「開けてみろよ。まぁクリスマスにはちょい早いけど」 「はあ」  軽く止めてあるテープを剥がして中を見た。  ボトルと小箱。  …ってこれ…っ  弾かれたように見上げると、井澤部長はニヤリと笑った。 「どっちもおれのオススメ。サイズはまぁ、合宿の時に風呂で見た感じだとそんなもんかなと」 「…って、見てた、んすか…っ」 「そりゃ見るって。せっかくだし」  ガハハと笑っている井澤部長の声を聞きながら紙袋を閉じてテープを貼り直した。 「もう用意してっかなと思ったけど、消耗品だしいいかと思ってさ」  顔がめちゃくちゃ熱くて、そんな顔見られたくないのに井澤部長は容赦なく覗いてくる。 「可愛いなぁ、羽村。お前初めてだろ。焦るなよー、っつっても無理だろうけど焦るなよ。佐伯くんに痛い思いさせることになるからな」 「…分かってます…っ」 「そっかそっか、分かってるかぁ。ネットで勉強した?何か分かんねぇことあるなら言ってみな?たぶん答えてやれるぞ?」  完全に面白がってるしっ、この人っ  さっきまでのしおらしい感じはどこ行ったんだよ、ムカつくなあ。  ああ、でも一つ、訊いてみたいことがあった。 「…じゃ、質問なんすけど」 「ん?なになに?」  井澤部長は怖いぐらいの笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。 「ほんとは、俺らが付き合ってるって気付いてるやつ結構いるんだぞって、あいつに言ってやった方がいいのかどうか…、判断つかなくて…」 「あー…、その問題か」  うんうん、て頷きながら、井澤部長は存外真面目に考えてくれてる。 「そうだなぁ…。とりあえずいつも一緒にいるあの2人は気付いてて、味方なんだぞって教えてやんのがいいんじゃねぇかなぁ?『みんな知ってるぞ』だとちょっと可哀想かなと思うし」  井澤部長は、今までと少し違う感じの優しい顔をして俺を見た。  こんな顔もするんだ、この人 「…そっすね。2人とも相談してみようと思います」  その後は、井澤部長が訊いてもいない色んな知識を披露してくれてヤバかった。  ネットとは違う、生々しい話でめちゃくちゃ興奮してしまった。  帰りの電車の中から、中島と三田それぞれにメッセージを送った。  2人からは「了解」「おっけー」って返信がきて、どう詩音に伝えるか3人で考えることになった。  やっぱ友達はありがたい。  明日になったら詩音に会える  電話じゃなくて、触れる詩音に  早く会いたい  会って、できれば詩音を抱きしめたい  詩音の家の最寄駅に着いた時、一瞬会いに行こうかと思ってしまった。  でもさすがにヤバいやつだと思ってやめた。  詩音にだって都合があるだろうし。  朝に思いついてて連絡してたら会えたかなぁ。  しくったなぁって思いながら、そしたら部長に呼び止められてた分、詩音を待たせることになってたから、これでよかったのか、と思った。  井澤部長は、俺を安心させるためにあの話をしたんだと思う。  あそこまで赤裸々に話す必要なんて、ほんとはないと思うけど。  自分を曝け出してしまえるのは強い人だからだ。  やっぱ、まだまだ敵わねぇなぁ、あの人には。  ムカつくけど、嫌いにはなれない。  腹は立つけど、すげぇと思う。  そのすげぇと思う井澤部長に  すげぇって、尊敬してるって言われたのは  やっぱ嬉しかった  
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