72 S

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72 S

 ちらちら時計を見ながら朝ご飯を食べて、出かける準備をした。 「割と早く出かけるのね。わくわくした顔しちゃってー」  母が、にこにことニヤニヤの間みたいな顔でオレを見てくる。  元々ずっとドキドキしてるのに、もっと強く胸が鳴る。  クリスマスプレゼントの入ったバッグを肩にかけて玄関に向かった。  母も見送りに出てくる。  お母さんはオレが女の子とデートするって思ってるんだっけ  そう思いながら折り畳み傘をバッグに入れた。  全部ほんとのことは言えないけど、ちょっと訂正しておきたい。 「…あの、…お母さん」 「なぁに?」  スニーカーを履いてるから俯いてるんだよ、という(てい)をとる。  母の顔は見られない。  バッグを持ち直すふりでドキドキ鳴る胸を押さえて、密かに深呼吸をして覚悟を決めた。 「…今日会うの、羽村だから」 「え?あ、この前の?あー…そうなんだ」 「じゃ、行ってきますっっ」    ドアを開けて外に出た。  走って逃げたいくらいの気持ちだったけど、母に怪しまれないように努めてゆっくり動いた。  静かにドアを閉めて、はぁー…っと息を吐く。白い息が宙を舞った。  口から心臓出てきそう  母が中から鍵をかける音がして、びくっとしてしまった。    お母さん、どう思ったんだろ。  ドキドキし過ぎて母の声音を覚えていない。  もちろん顔は見てないし。  友達と出かけるのね、って思っただろうな。  それはそれでビミョー…だけど、でも。  今はこれで精一杯。  ふぅって息をついて頭を上げた。  降水確率40%の白い空。  よし、行こう  匡也が迎えに来てくれるから 『待てねぇよ』  あの一言、嬉しかった。  オレだって待てない  ポケットからスマホを出して時間を確認する。  歩いて駅まで行けば、ちょうど約束の時間に着くぐらい。  なのに足が勝手に走ろうとする。  走って行ったらまた早く着いちゃう。  でも早く着いちゃっても、また匡也も早く来てたりするのかな?  とうとう走り出して、あっという間に駅に着いた。  待ち合わせは改札入ってすぐの所。  匡也はうちの最寄駅に来て折り返すから、一旦階段を降りて反対側のホームに移動する。その階段を降りた所に改札がある。  あ!匡也!  やっぱいたっ!  匡也もオレに気付いた。  早く改札を通りたいのにバッグに入れたICカードが出てこない。  やっとカードを引っ張り出して、あたふたしながら改札を通ったら、目の前まで匡也が来てて巻き込むように肩を抱かれた。 「メリークリスマス、詩音」  ぎゅんって心臓が跳ねて、耳からじゅわっと熱くなる。 「メ、メリークリスマス、匡也」  見上げたら目が合って、匡也のアーモンド型の涼しげな目が嬉しそうに細められた。
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