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 そんな母に驚く様子もなく、優羽は奥にいる母に向かって言った。 「お母さん、少しの間お世話になります。なるべく早く仕事を見つけてアパートを借りるので、それまでの間しばらくここに置いてください。お願いします」 そう言って深々と頭を下げると、兄の裕樹が、 「ばかだなぁ。ここはお前の実家なんだから遠慮なんてする必要はないよ。さ、中に入って。流星も、ほら、ここがおばあちゃんの家だよ!」 そう言うと、兄は流星を抱え上げて家への上り口に座らせると、靴を脱がせて中に入らせた。 流星は、優羽の緊張した様子を敏感に感じ取ったのか、とても大人しくしていた。そんな様子の流星を心配しながら、兄の裕樹は、 「気にすんな! 母さんはいつもああなんだから」 と言って優羽の背中をポンポンと叩くと、優羽にも家に入るように促した。 優羽は兄の一言で気を取り直すと、家の中へ足を踏み入れた。 すると母はお茶の用意をしていた。その手前では、流星がじっと祖母の方を見つめていた。 お茶を入れている母親は、森村恵子(もりむらけいこ)、五十九歳。 恵子は二十歳を過ぎた頃、東京から転勤で来ていた優羽たちの父親と知り合い、裕樹を身ごもった後結婚した。 その後、しばらくは順調な結婚生活が続いていたが、優羽が生まれる少し前に両親は離婚した。離婚した後、恵子は優羽を妊娠している事に気づいた。 そして恵子は実家のこの洋品店へと戻り、そこで優羽を出産した。それからは、洋品店を経営しながらシングルマザーとして二人の子育てと、親の介護に明け暮れた。 今は祖父母も他界し、現在は兄の裕樹と二人暮らしだった。  自分がしたような苦労を、あえて優羽が選んだ事に母は怒っているようだった。流星を産むと告げた時、母は猛反対していた。 元々、森村家は普通の家庭のように親子仲良しの家庭環境ではなかったが、優羽が流星を産んで以降、母娘の溝はさらに深くなったように感じていた。 そして、母の予想通り東京で行き詰まった優羽たち親子の事を、それみたことかと思っているのが態度に表れていた。その態度を隠す様子もない母の様子に、優羽は次第に気が重くなっていくのを感じていた。
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