後編

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 インターネット社会がなくなった今、人々は、手軽に話せる相手を欲していて、ペット的な存在として、ロボットが流行している。都市部から離れたところでも、毎日3人ぐらいの客が来るという。修理代は高いため、収入は、人並みより上のほうだ。  「困ったときは、助け合う。それが友達だろ。」  「ありがとう、みんな。」  サードは、二人の手を握り、涙ながらに感謝の言葉を言った。  昼間は、ハートと今まで録画したビデオを観たり、思い出を話したりして、過ごす。夜は、ビリーとマスターを招き、二人が買ってきたピザやワインを飲み食いしながら、思い出話に花を咲かせる。  飽きる事はなかった。だが、徐々に忘れていくハートを見て、サードたちは、辛かった。それでも、彼らは、悲しい顔を見せる事なく、笑顔で接した。無意味な徘徊をした時も、他人行儀にされても。  そして、この日常の終わりは、突然、訪れた。  この日のハートは、症状が滅多になかった。夜、いつものように、サードとハートは、二人が来るのを待っていた。  「うぅ・・・。」  ダイニングテーブルに座り、待つ二人だったが、突如、サードが腹を抱え、青ざめた顔をし始める。ハートは、苦笑いを浮かべて訊いた。  「さっきのスコッチエッグが当たったかな。」  「そうかも・・・。ちょっと、トイレ行ってくるよ。」  サードは、腹を抱えながら、トイレに行った。この日は、珍しく、ハートが料理をしていた。作り方から何まで、認知症になる前の彼と変わらなかった。ただ、卵は、賞味期限切れだった。  サードは、トイレの中で出る時を待ちながら、彼がスコッチエッグを作っていた思い出に浸っていた。同時に、不幸が訪れるかもしれない胸騒ぎも。  外から、玄関のドアを開ける音がする。まさか、ハートが出て行ったのではないだろうか。でも、いつもこの時間は、二人が仕事を終えて、来る時間だ。きっと、連れ戻してくれる。サードは、そう思っていた。  トイレを出た後、ちょうど、インターフォンのベルが鳴った。サードは、笑顔で三人を迎え入れようとした。しかし、玄関を開けて、いたのは、上機嫌な二人の姿だけだった。  「よう! 悪かったな。テキサスのほうで渋滞があってよ。」  「俺も、しつこいクレーマーを大人しくさせんのに、長引いた。」  サードは、時が止まったかのように、呆然とした。  「おい。どうしたんだよ、サード! ビッグフットに凍らされたか?」  「ビッグフットは、そんなことしないだろ。」  「あ、そっか。アハハハハ。」  二人は、笑って、彼をいじるが、サードは、血相を変えた顔で訊く。  「ハートは?」  「えっ?」  「ハートは? 帰りに見なかったのか?」  この言葉が二人の抱えていた気持ちを爆発させるきっかけとなる。  「い、いや。お前、目を離したのか!?」  「仕方ないだろ! お腹壊したんだから!!」  「あぁ!? 俺は、我慢してたぞ! お前が帰ってくるまで、徘徊しないようにな!」  「朝から夕方までじゃないか。僕は、一日中彼といるんだぞ! 一日中、我慢しろって、言うのか!!」  「うっさい!!」  マスターが大声を上げた。いつもは、そんな声を出さない彼に驚き、二人は、黙る。  「ケンカしてる場合じゃない。探しに行くぞ。」  三人は、手分けして、空き家ばかりが並ぶ静かな町を走り回った。  探しても探しても、どこにもいない。三人は、サードの家の前に戻り、自分自身を責め合う。  「僕が我慢してればよかったんだよな。」  「いや、俺のせいだ。」  「そんなことない。俺も、面倒な客なんか、相手にしなきゃよかったんだ。」  「・・・。」  サードは、何かに気づく。  「あの家、電気が点いてないか?」  「ホントだ。でも、俺たちが住んでる以外の家って、まだ所有権のあるところもあるよな。そしたら、不法侵入になるんじゃ・・・。」  「それでも、今は可能性に賭けるしかねえだろ!」  マスターの言葉に応じ、三人は、明かりが点いている家に行く。  玄関の鍵は、開いていた。中に入ると、リビングと思われる部屋に、ハートがいた。さっきのいざこざがなかったかのように、三人は、笑顔で彼に声を掛ける。  「ここにいたのか。さっ、帰るぞ。」  ところが、正面を見ると、ハートの目は、黒かった。すでに、口も映し出されておらず、反応もない。  サードは、受け入れたくなかった。何度も声を掛けた。当然、声をかけても、反応はない。  受け入れたくないのに、涙が出てくる。  サードは、何も言わず、ハートを抱きしめた。  「・・・。」  悲しむ中、ビリーは、何かに気づく。彼の視線の先には、大きな袋があった。
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