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「サード、あまり重く受け止めないでくれ。」
「わかった。聞かせてくれ。」
「ハートは、人間でいう、認知症を患っている。」
「認知症? でも、ロボットなら、新しい部品に変えるとか、簡単にできないのか?」
「残念ながら、ハートは、無数の特殊な部品からできている。見るからに、現在のアメリカにはない部品だ。」
「断言するな。僕は、どこへ行ってでも、見つけ出す。」
「サード、俺たちは、もう年なんだ。」
「まだまだ元気だ。それに、俺の命に換えてでも、僕は、あの子を救いたい。」
「そんなことをすれば、ハートが悲しむぞ!」
「なら、寿命が尽きるまでほっとけって、言うのか! そんなの、僕自身が許せない!」
二人の大声に反応したのか、バーの出入り口から、誰かが物を落とす音が聞こえた。
外を見ると、ハートがいた。液晶パネルに見える表情は、にこやかだ。だが、両目に青く光って震える斜めの半円が、悲しさをさらけ出している。
「ハート・・・。」
「どうして、表情に出やすいんだろう。全く・・・こんな風につくった博士を恨みたくなるよね。」
サードは、抱きしめた。そして、彼を慰めた。
「違う。君の正直さは、周りにはない特別なものだ。僕は、そういうところが大好きだ。」
バーに戻り、ハートは、彼に頼んだ。命と引き換えに、自分を救うなんて、考えないでほしい。自分の寿命が尽きるまで、一緒にいてほしいと。
再起不能になるか、全てを忘れてしまうのか、それがいつ来るのかも分からない。サードは、その時が来るまで、身の上話をしたり、ハートとの時間を大切にしようと思った。
バーで話した後の深夜、サードは、ハートのことを伝えに、仕事帰りのビリーと家の外で立ち話をした。
「よぉ、珍しいじゃんか。いつもは、早寝早起きなのに。」
「ちょっと、大事な話があってな。」
「なんだよ。もしかして、毎年恒例の誕生日パーティのことか? にしては、早すぎるか。」
相変わらず、陽気な彼を見て、サードは、自然に笑いが出た。しかし、こんな話を笑いながらできない。ビリーは、サードが笑顔を曇らせていることに気づく。
「ふざけた話じゃないみたいだな。」
サードは、彼に視線を合わせず、打ち明けた。
「この前、マスターに診てもらったんだ。そしたら、ハートが、いつ再起不能になるか分からないって。」
「再起不能って、死ぬってことか!?」
「あぁ。」
「マジか。あんなに、元気だったのに・・・。何の病気だ?」
「僕らでいう認知症だ。僕が見る限り、記憶や思考が弱っている。マスターからは、全てを忘れるか、再起不能になるか、それがいつ来るか分からないと言われた。」
「でも、治す方法は、あるんだろ? 俺らと違って、部品を変えれば、ロボットは治るじゃないか。」
「僕も思った。でも、部品は、全部、特殊なものだった。治す方法より、一緒にいる時間を大切にすべきだと言われたよ。」
「そうか。マスターが言うなら、なおさらか。しかし、いくら耐用年数を過ぎたとはいえ、寿命には叶わないのか。」
ビリーの言った言葉から、サードは、ある思い出が脳裏に蘇った。
小学生の頃、サードは、ビリーを初めて家に招き、ハートを見せた。
「こんにちは。君がビリーだね?」
「凄い! こいつ、喋るんだー。」
「うん。ハートは、料理や編み物もできるんだ。」
「へぇー、ところで、お前は、充電式なのか?」
ビリーは、たいていの人が言わない、細かなところを言う。たくさんの本を読んできたからだろう。
「そうだよ。」
「電池は、どのくらい持つんだ?」
「多分、30年かな。」
「30年!? おい、サード聞いたか。こいつ、嘘ついてるぜ。」
ビリーは、ハートの事を嘲笑った。サードは、何も言えなかった。いくら、ハートとはいえ、前代未聞な事は、信じにくかったから。
「嘘じゃないよ!」
ハートは、怒っていた。その証拠に、目を傾いた船のように、眉をひそめている。
「じゃあ、お前が30年後も生きていたら、俺は、山盛りのわさびを直に食べる。」
「わさび?」
サードとハートは、首をかしげた。ビリーは、驚いていた。
「知らないのか! ニッポンで有名な辛い調味料さ。みんな嫌うから、スーパーでは、いつも売れ残ってるんだよ。」
「ニッポンって、サムライで有名な?」
「歴史好きなのに、薄っぺらいなー。ニッポンは、いろんなものがあって、魅力的なんだぞ。現に、うちのほうのスーパーにも、ニッポンでできた食べ物がたくさんある。前の家で出なかったのか?」
「カレーライスとステーキぐらいしか、覚えてないな。」
「それ、太りやすいよ。兄さんと姉さん、太ってた?」
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