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「うん。おまけに両親も。みんな服の中にパンパンの風船入れてたよ。硬すぎて割れないけど。」
「それ、風船か?」
ビリーがツッコむと、三人は、ゲラゲラと笑った。
その後、ビリーとハートが交わした約束は、笑いの渦で忘れ去られたと思っていた。
その時のことを振り返り、サードは、急に笑いを吹き出した。
「なんだよ、急に! しんみりした空気なのに。」
「いや、あのわさびのこと、思い出して。」
「あー、小学校の頃な。あの後、話が逸れすぎて、すっかり約束を忘れてたな。30年過ぎて、ハートが言ってきたときに思い出したよ。あいつ、まだ根に持ってたんだな。笑っちまったぜ。その時のわさびは、ちっとも辛くなかったよ。」
「嘘つけ。大の大人が大泣きしてたくせに。」
「汗だ、汗。夏だったからねえ。」
「こいつ、意地でも認めないな。」
他にも、サードとビリーは、他愛もない話をして、笑い合った。しかし、話が尽きると、また後悔を思い出す。
「今思うと、あの時、断らなきゃよかったなと思うよ。」
「兄弟のことか。」
「なんで、知ってるんだ?」
「なんでって、お前、酔った勢いで話しただろ? たしか、土曜日だったっけ?」
それは、10年ぐらい前のことである。ビリーは、いつものように、仕事を終え、バーで飲んでいた。そこに、やさぐれた顔のサードが訪れた。
「ウィスキーくれ。」
「はいよ。」
注文を受けると、マスターは、一杯の小さなグラスに、大きな瓶に入ったウィスキーを半分ほど注ぎ、サードの前に出す。
出された瞬間、サードは、ウィスキーの入ったグラスを手に取り、一気に飲み干す。
「おー、活きがいいねぇ! ストレス溜まってるのかい、お客さん!」
ビリーは、サードの肩を擦り、調子よく話しかけてきた。
ドンッ!
逆鱗に触れたのか、サードは、硬く握った拳で、カウンターテーブルを強く叩いた。その衝撃で、ビリーの前に置かれているカクテルが小さく波打った。ビリーは、思わずそれを掴み、溢れるのを避けた。
「アハハ・・・悪かったよ、からかって。」
ビリーは、笑いを抑え、気遣う。サードは、彼に見もせず、俯きながら、静かな声で呟いた。
「今日の昼、兄が来た。」
「そ、そうか。で、なんの用だったんだ?」
「死んだ父の遺産相続のことだ。あいつらと母親で分与すると言っていたけど、あいつ、何て言ったと思う?」
ビリーは、テーブルに肘をつけ、顎に手を置きながら、考えた。
「・・・分からん。何て言ったの?」
「『今まで、苦しめてきて、悪かった。これは、お詫びの気持ちだ。』そう言われた。」
「それって、おいくら?」
「500万ドルだ。」
「ご、500万ドル!? 俺たちが一生働いても、稼げねえ金額だぞ! なんで、貰わなかったんだ?」
「関わりたくなかったからだよ! あいつは、大金を渡せば、許してくれる。そう思ってる。それに、借りをつくれば、自分が有利になるように、利用されるかもしれないんだ。」
「なぁ、サード? もう、昔のことじゃないか。あいつが昔のことを覚えていて、謝りに来るだけでも、凄いと思うぜ。」
「だからといって、金は貰えないし、あんなやつとは、二度と関わりたくない。」
サードは、冷静になり、再びグラスを手に持ちながら、言った。その時、彼は、グラスを強く握っていた。
あの夜のことを思い出し、サードは、微笑した。
「そうだったな。まさか、酔った勢いで話してたとは。酒というのは、恐ろしいな。」
「人を変えるもんな。」
「そんなに、変わってたか?」
「あぁ、変わってたな。悪魔みたいに怒り狂ってた。」
「それ、ホントかよ。」
「あぁ。でもさ、あの金あったら、ハートのことも救えたのかな。」
「さあな。でも、悔いが残るよ。無駄なプライドだったなって。」
「今さら言うな。」
ビリーがそう言うと、二人は、また愉快に笑った。
それから、サードたちは、ハートとの時間を優先した。
サードは、勤務日数を減らし、ハートのことに時間を費やす。これは、ビリーから勧められたアイデアだ。サードは、生活費もあるから、休めないと言った。だが、ビリーとマスターは、「俺らがいるから、心配するな」と安心させた。
その自信は、彼らの驚くべき副業にあった。
ビリーは、歩合制の配管工が本職だが、これだけでは、貯金すらできない。そう考えた彼は、20代の頃、事故物件マンションのオーナーになった。最初は、寄り付く人がいなかったが、広報活動や映画撮影のロケ地などの工夫をし、今では、人気物件となっている。
マスターは、ニックネームの通り、町で唯一あるバーの店主をしている。とはいえ、それは、夜の仕事。昼間は、ロボット修理業を営んでいる。
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