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夢現の気分だ。あまりにも美しい。先輩自身が神様である、とまでは言わないが、それに近しい、崇拝に足る類の何かではある。
「後輩くん。この道は素晴らしいよ!」
「あと何分位撮りますか?」
「もう撮り終えた。大丈夫だよ」
満足気な表情の裏には、この場所を離れる事の寂しさが見え隠れしていた。意外と表情豊かな人だから、すぐに分かった。
「もうちょっと居てもいいですよ?」
「……本当かい?」
「私は同行者の立場ですから。先輩が望むなら、いつまでも」
先輩は私に一礼して、少しだけだと息巻いて標識だったり近くの線路を撮り始めた。本当に道が好きなんだなあと何処か他人事の様に思った。いや、人間は基本的に他人で、血縁関係だろうと無関係の人であるのには変わらないが。
結婚というのはもしかしたら、他人から大切な人に羽化する為に足掻く、そういう類の儀式かもしれないとぼんやりと思った。今の状況と全く関係ないが、思考はいつだって突拍子もない物だ。
幸せはいつだって望んで、実感しないと得られない物だと先輩は昔、そう言った。どれだけ環境に恵まれていても、自分が実感する事が最優先だと。
先輩は、今とても幸せそうだ。その実感の中の一%でも私が存在していれば良いなんて願いは、蝉の声に呆気なく掻き消された。
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