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「お疲れ様でした、先輩」
「ああ、ありがとう。良い被写体を撮れたよ」
夕日に照らされて地元民が海に飛び込んでいる。私達は遠くからその様子を眺めて、海の家で買った練乳入りのかき氷を食べる。アイスクリーム現象が起こって、頭が痛くなる。
先輩は今日撮った写真を眺めてニヤニヤと笑っている。ここからどんな絵が錬成されるかは分からないが、今まで失敗作を見た事がないので、今回も良い作品が産まれてくるだろう。
匿名のファンが少しずつ先輩にもつく様になった事を、私は知っている。先輩の世界に魅了される人は生きている限り増えていくだろう。そうすれば私とこうやって取材に行く機会も減って、自然と関係も薄れていく。
私の顔と名前も、いずれ消えていく。せめて透明になって残れば良いけれど、そんな綺麗で高尚な存在になれるとは驕っていない。
先輩が望むまま、世界と私を回して欲しい。
「夏休みももう中盤ですか。楽な時間はすぐに終わりますね」
「そうだな。でも冬休みもあるし、春休みもある。未来の楽しみは、意外と身近にあるよ」
『未来の楽しみに、私は存在していますか?』とは聞けなかった。ただ今を享受するので精一杯で、繊細な心象に触れて壊す位なら、疑問を無視する方が良い。
「次は何処に行きたい?」
「……え?」
「僕は都会の道を見たいね。人工物より自然の方が好きだけど、都会にしかない新鮮味あふれる景色もまた一興さ」
「……私も一緒に行って、いいんですか?」
「当たり前でしょ?」
何ともない感じでそう言うのが、私は……。
「行きますよ!お金ないですけど!借金しても、家財を売り払っても絶対に!」
「そんなにお金ヤバいんだ!じゃあ別に……」
「絶対!行く!」
駄々をこねると先輩は海を眺め始めた。私にやっぱり興味無いのかとショックを受ける。
「美味しそうに口を開けて食べる君が」
「何て言いました?」
「……いや、何でもないよ」
先輩は口を閉じると、私が持っていたかき氷をそのまま噛み砕いた。シャリシャリとかき氷を堪能する音が鼓膜に響いた。
「もー!先輩!」
「……次の絵、久しぶりに人物画にしようかな」
「良いんじゃないですか?是非見たいです!ちなみに誰をモデルにして……ぎゃあああ!」
カメラのフラッシュ機能で目を潰される。悶絶しているとかき氷がいつの間にか先輩の所に移動していた。今度は行儀よく紙スプーンで食べている。
「……さあね」
私は面倒臭い。先輩は凄い人だ。
でもこの一瞬だけ、たった一瞬の出来事だけど。先輩の大切な透明な心が、見えた様な気がした。気がしただけで、一秒後には消える泡沫かも知れない。
でも確かに、見えたのだ。
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