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「僕達は、愛の中に生きている」
「ポエムですか?」
帰りの電車の中、今度は目がパッチリと覚めている先輩がそう呟いた。
「全てを失っても花に愛を注げる様に、何を無くしても愛だけは失う事が出来ない。死ぬまで、それと一緒さ……ってなんで笑ってるの?」
「いや、先輩の口から愛って単語が聞けるとは」
「僕がまるでいつも無表情マネキンって言いたげな口ぶりだね」
不満げに口を尖らせる先輩は晩御飯の時に酒を飲んでいるので、少し先輩らしくない事を言っている。違和感が凄く、それでも失えない親愛に胸が暖かくなる。
「前から聞きたかったんだけど君はどうして、僕について来るんだい?」
「……先輩が、生きる希望をくれたから。シンプルにファンなんですよ、先輩の」
深い意味は本当の本当に無い。
この世は小説みたいに綺麗な伏線も特別な出来事も存在しない。ただ先輩の絵のファンになって、人となりを知って好きになっただけだ。幼馴染でも、因縁でも無い。普通の人生で偶発的に出会えただけ。
「先輩は、素晴らしい人ですよ」
「面倒臭い性格なのに?」
「自己を省みれているだけでもう満点です」
「君は自罰的な癖に、人にはとことん甘いんだね」
ははは、と一音一音大事にして笑った。
……誰が見ても上手く笑えてなかった。
「君は滅多に弱音を吐かないが、心は弱い。性善説を肯定する訳じゃないが、人って意外と産まれただけで偉いんだよ。自信を持って」
「先輩は冗談が上手ですねえ。私はとてもそれに当てはまるとは……」
「歩いている。君は、歩いている」
うわ言かと思ったが、綺麗な瞳は真っ直ぐ私を見据えている。酒に酔っていて頬は上気しているが、変わらぬ強い眼をしている。
「歩いているんだ。結末が分からなくても、自分を信じられなくても。僕だってそうだ」
「……先輩も?」
「そうだよ。僕達はどれだけ表面を取り繕っても人間でしか無いから。弱さと強さの狭間で、皆もがいてる」
先輩は寂しげに笑ってシートを大袈裟に下げる。顔を隠す為か、本当に眠たいのか。
私は先輩の言った言葉の意味を推測しようと、思考に意識を傾けて、
「……じゃなくていいよ」
「え?」
「次はおでこじゃなくて、いいよ」
先輩の顔が、見えない。
冗談か本気か。酔ってるのか素面なのか。でも他の要素で容易に想像する事が出来た。
声が情けない位、震えていたから。
「……先輩って、人間だったんですね」
「君もでしょう?だから、弱さを交換しよう」
「私……冗談を冗談と捉えられないタイプなので、長いですよ」
目を瞑って先輩はしっかりと待つ。
こういうのは男の子からとか、しょうもない事を考えるのは先輩と向き合えていないからだ。ちゃんと見て、ちゃんと愛す。多分先輩は、そういう事を言いたかったのだろうから。
足の爪先を精一杯伸ばして、私達は『透明』を交換した。愛しい気持ちが全身を貫いた。自分で選んだ行為が、好意を伝える為のそれだった。
意味が無いけど、意味があった。
好きだから、好きだった。
それだけでもう、超ハッピーだった。
先輩も、私も、透明な愛の道を歩いていた。
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