お忘れ物ですよ?

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お忘れ物ですよ?

「お客様~。ネギをお忘れです」 「最後にしまおうと思ってうっかりしてた」 「間に合って良かったです。またお越しくださいませ、ありがとうございます」  スーパーのレジ店員の日常。それは忘れ物との戦いである。常に売り場全体に目を配り、忘れ物を見つけたらレジ前に停止版を立てる。 「申し訳ございません、失礼いたします」 順番待ちの恨めしそうな客に謝り、忘れ物目掛けて走る。 (目視確認ヨシ!忘れ物、カゴ側面に貼り付いた三連生ハム) 「先ほど生ハムをお買い上げになったお客様はいらっしゃいませんか?お忘れ物です」 忘れ物をボールをミラクルキャッチする内野手のように拾い上げ、売り場で大きな声で伝えて出入口に走る。駐車場から戻ってきた客に生ハムを手渡す。 スーパーでよくあるお買い上げ済みの忘れ物。 ・ネギ、ごぼう、にら、ふき、ビニール傘 (長いので最後にして忘れる) ・ティッシュ、トイレットペーパー、スイカ (最後に持とうとして忘れる) ・ハム、ベーコン、海苔 (カゴ側面に貼り付き、視覚から消えて忘れる) ちなみにレジ店員はカゴ側面の貼り付き防止のために、人には言えない薄い本じゃなくて、薄い商品はカゴ中央に置くようにしている。 それでも忘れ物は後を経たない。 日に何度も忘れ物をした客を追いかける。 そして今日も…。 大変だ!猫用のスティックおやつを忘れてる。ハムと同じように、カゴ側面に貼り付いて忘れたに違いない。 「先ほど猫のおやつをお買い上げになったお客様は…」 お決まりの呼び掛けとともに走り始める。すると、自動ドアの向こうからドアを引っ掻く猫と目が合った。まさか…。 自動ドアの反対側にいた猫が喋り出した。 「あー、ありがとう。カリカリと猫缶は忘れなかったんだけど、おやつ忘れてたわ」 「いや、どうやって買った?猫でしょ、まず」 「え?セルフレジでちゃんと通したけど?」 「は?レジを通せたとして、どうやってカリカリと猫缶を運ぶの?」 「こいつという下僕がいるし」 猫が見てる方向には誰もいない。猫缶とカリカリが入っているらしい、スーパーのレジ袋だけが浮いている。 「誰も見えないから。どういうこと?」 「ちょっくら複雑な事情があって下僕は幽体離脱中。気にしなくていい、こっちの事は」 「…気になるから!心霊現象を当然の事のように言われて気にしない人なんている?」 「この世知辛い世の中、面倒事に関わりたい人間の方が珍しい。飼い主を下僕呼びする性格が悪い猫だぞ?」 「猫はそんなもんでしょ、自分中心」 「お前、さては猫の下僕経験あるな?」 「あるよ。だから放っておけない」 「じゃあ、幽体離脱中の下僕の魂を戻したい。手伝ってくれるか?」 「手伝う。でも、仕事が終わってからね」 「薄給で働くパート主婦なのに偉いな」 「猫だから何を言っても許されると思ってる?柑橘類を持ってこようかな、売り場から」 「すみません、姉さん。それだけは勘弁してください。柑橘類の臭いが猫はダメなんで」 「18時にまたここで。迷子にならないように気をつけてね」 「お前もしっかり働けニャン、またな」 こうして、謎の猫と出会った私は、幽体離脱中の猫の飼い主の肉体を追いかける手伝いをする羽目になった。
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