八十八夜

1/14
前へ
/14ページ
次へ
 桜が散ってから、どこからこんなにあふれてきたのかというほど木の葉が湧き出で、あたりは緑と光でいっぱいになった。  庭と道路に斜めに陽が射して、朝なのか夕方なのか分からなくなる。   光が赤くくすんでいないし、金色に光っているから今は朝だ。  静まり返る家々の中からじきに澄まし顔の人々が出てきて、一日は動き出す。  庭の隅に植えたオリーブは細い幹がすっと伸び、灰色がかった緑色の葉をつけた枝ぶりは、スーツ姿の南欧の男みたいに格好が良い。  私は靴下にサンダルをつっかけ、横から入る強い朝日に目を細めながら木のそばまで近寄った。  光のあたる部分を金色に光らせ、威厳たっぷりに立つ木をほれぼれと見つめる。  いくぶん冷たい空気の冴えがその風格をきわだたせた。  根本に視線を落とすと、柔らかく湿った土の上で、青虫が一匹、身をくねらせている。  玄関から見た時には気がつかなかった。こんなにでかい青虫、初めて見た。  全長は肘から指先くらい、太さは両掌を並べたくらいである。  どうやって生まれてきたのだろう。巨大な卵から生まれたのか、育つうちに大きくなりすぎたのか。  雨傘をふたつ並べて差しかざしたくらいの巨大な蝶がぽとんとバレーボールくらいの卵を産み落とす姿を想像して、ひとりぞっとする。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加