八十八夜

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 光を反射しない明るいキャベツ色をした皮膚は、ちりめん状の細かい凹凸を指紋のように浮き上がらせ、金色に光る細かい産毛がびっちり密集して生えている。  顔はどこにあるのだろう。目も鼻も口もどこにあるのか分からない。両端にぽちっと黒いしるしがあるだけで、上から下までどこも同じ太さで、同じ色をした皮膚にくるまれている。  体を曲げる時に角度がつくところがきっと腹部だろう。自分がお辞儀をするところを思い出し青虫の腹部を想像する。  ひと時もじっとしておらず、その場でぐねぐねと身悶えを繰り返し、仰向けになりたいのかうつ伏せになりたいのかわからない。  でこぼこの突起にしか見えない短い脚たちがばたばたと地面の上で暴れ、宙に浮いた状態で庭の透明な空気を掻いている。 「かわいい」  私はねまき代わりのスウェットの膝に手をついて極端に短い脚たちを眺めた。  でも、こんな大きい虫を、放っておくわけにはいかない。庭の木か芝生に悪さをするかもしれない。  さなぎになって孵化したら、巨大な蝶になって住宅地を騒がせる存在になるだろう。  蝶ならまだしも、蛾だったら……。あのふてぶてしく太い胴体と、施しを与えるように振りまく燐粉を思い浮かべ、背中と両腕にさざ波のように寒気が立った。  玄関に引き返し、左手の納戸を開けて、下段の薬剤やスコップを置いているところから、殺虫剤を取り出した。一発で殺せるかどうか分からないけれど、青虫を弱らせることは出来るだろう。  もしかしたら、逆上して暴れ出すかも知れない。凶暴化して、こちらに襲いかかってきたらどうしよう。  草焼きバーナーで焼き殺そうか。  しかしあの大きなたんぱく質の塊が焼けると、近所に異臭騒ぎが起きるし、うちの芝生だってみっともなく焦げてしまう。  ホースで水攻めにしようか。いやそれも庭が水浸しになってしまうし、あの巨大青虫は水に乗ってぬるぬると逃げてしまうだろう。
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