八十八夜

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 納戸の中をぐるりと見渡しながら考えていると、中段の右端に、競技用の吹き矢を見つけた。半年前に夫がはじめたもので、ここからバスで一時間ほどかかる体育館に出向いてひと月に二回ほど練習をしている。  なぜ吹き矢、とたずねると、風車の矢七に憧れていたという。 「あれは手裏剣だよ」 「ああいう、忍者系がいいの」  細かい説明をするのも嫌そうに、目も合わせず恥ずかしそうだったのを思い出す。  なかなか真面目に教室に通っていた。月に二回、夫は忍者になりきっていたのか。  その小道具を実践に役立てる時が来た。自分に扱えるかどうか分からないけれど、試してみる価値はある。用具一式を収納したラックを取り出し、矢を持ちあげてその先端を眺めてみた。  血よりも明るい赤に塗られた矢は触ると固く、先は鋭くとがっていて、遠くから勢いをつけて飛ばせば柔らかい肉体にきっちり刺さりそうだ。私は吹き矢を吹く自分をイメージした。  すべすべとなめらかなプラスチックでできた筒も取り出して矢と一緒に握りしめ、反対側の手に殺虫剤を忘れずに持って、私は再び外へ出た。頭の中では殺傷の手順を考えていた。  先に殺虫剤で弱らせ、動きが鈍ったところを矢でとどめを刺す。  あまり至近距離でやると、暴れる虫がはずみでぶつかってきたり、傷口から体液が飛び出してこちらにかかってしまったりするかもしれない。それは避けたい。  青虫から五メートル離れたあたりの地面に矢と筒を置くと、サンダルでそろりそろりと虫に近付き、吹き出し口を確かめて、殺虫剤を発射した。  湿り気のある白い煙がもやもやと立ちこめながら青虫に襲いかかる。  虫は、はじめのうち何が起きたのか分からないというふうに、ぴたっと動きを止めた。次第にゆっくりと、そして激しく上下に体を振り、しばらくすると左右に振りはじめた。
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