八十八夜

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 ピレスロイドの神経毒におかされたたくさんの短い足たちが上下左右斜めと不規則に暴れだし、からだの端と端を互い違いに捻じ曲げ、青虫はこの世のものとは思えない苦痛を全身で表わした。  まだ上りきらない朝の強い光が私の頬を温め、スウエットと背中の肌のあいだを少しひんやりした空気が通り抜ける。  朝早い、静かな住宅街のなかで、こんな断末魔の光景が繰り広げられているなんて、不自然だ。早く止めたい。  殺虫剤での攻撃をやめて青虫を見据えたまま後じさりし、地面に置いていた筒と矢をセットして芝生に立て膝をついた。  奴の急所は頚部である。青虫に寄生する蛾は、そこを刺激して麻酔をかけて卵をうみつける。  頭も尻も丸くてどっちが頭なのか分からなかったけれど、苦しんでいる今、先端につの状のものがふたつ、にょきにょきと盛り上がっていた。あれが頭だ。  目測で胴体を五分割し、首と思われるところへあたりを付けた。  狙いを定め、腹筋をつかって肺に息をためこみ、いち、にの、さん、で気を集中させて、膨らませた頬からひと思いに矢を打ちこんだ。  青虫は一瞬、びくりと動きを止めると、ゆっくりした動きで、右、左と胴体をくねらせ、出っ張ったつのは溶けるように縮んでいった。   そして尻尾に近い方から徐々に動きを止め、最後に緑色の筋肉をぴんと緊張させたあと、ゆっくりと力を抜いて土の上で大人しく横たわった。 「やった!」  私は右肘を立てて小さくガッツポーズをし、吹き矢を足元に置いてから、巨大な緑色の塊をそっと伺った。  青虫は、ぐったりと庭の隅で横たわっている。  最初に発見したオリーブの木の根元からほとんど移動せずに、その場でのたうち息絶えた。
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