八十八夜

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 あちこち逃げ回ったりせずに、攻撃を素直に受けた青虫が何だか不憫になっが、三十センチほどの長さを持つ虫の死骸をしみじみ眺めると、かわいそうというよりはグロテスクさの方が勝り、やはりやっつけて良かったのだ、と思い直した。  庭の周りは外壁に囲まれ、青虫が横たわる部分は道路からは見えない。  私は死骸をそのままにして、家の中に入った。  リビングのソファに腰かけると急にぐったりと気持ちが落ち込んだ。  朝起きて洗顔を済ませてから庭を見に外へ出た途端、あの巨大な青虫に出くわしたのだ。  時計を見ると七時半だった。私はソファの上で少し休んだ。  仰向けになった頭に少し硬めのクッションが当たり、深く呼吸をする。  まだ少し木のにおいがする、高い天井が目に入った。  壁は白と木目を基調にしている。大きい掃き出し窓から続くように庭に敷いたタイルが朝日を反射して眩しく光っていた。  去年、建てたばかりのお気に入りの家である。  家にいるのか小奇麗なお店にいるのかよく分からないような住まいにしたくてデザインをお願いした。  南欧はフランスのニースをイメージし、塀は柔らかい曲線を描くようにブロックを組み、庭に敷いたタイルを美しい緑の芝で囲んで、オリーブの木を南東と北西の角に植えた。  オリーブは細い苗木を鉢で育て、今年の四月に庭へ移し替えたばかりだった。  細かい根が絡みあっていて、それを切断しないように慎重に作業したのだ。きちんと根付くだろうか。はかなげな少年の木を見て、私は自分の庭作業の腕に自信がないまま、移植が済んだ土のそばでしゃがんでぼんやりした。  そして今朝、あの巨大な青虫が柔らかい土に体をぐりぐり押し付けるようにうごめいているのを見て、ひと月ほど前に抱いた懸念が、水底の魚が吐き出した泡のように浮上してきたのである。青虫の殺戮には、庭が乱れることへの恐れも混じっていた。
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