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目を閉じると、瞼の裏に緑色の巨大なかたまりが浮かび、悶える姿がゆっくりと再生された。あの動きがひどく生々しく、人の肉に矢を放ったような後味の悪さが消えない。
ソファから立ち上がるとリビングのミラーカーテンを開け、まだ影が長くのびている庭を眺め、隅のオリーブに目をやった。ここからだと、角度のせいか青虫の姿がよく見えない。
私は玄関に出向き、再びサンダルを履いて外に出た。お隣の家のベランダから、カラッ、カラッ、とサンダルの鳴る音が聞こえる。
青虫の前でしゃがむと、ひゅっと涼しい風が頭を撫でた。口の端に触れた髪の毛の先を耳にかける。
低めの位置に横向けに刺さった赤い矢の先から、緑色の体液があふれていた。
手をそっと差し出し、矢を軽く回して青虫の肉から引きぬいた。そしてこの遺骸をどう処分したら良いものか、しばらく考え込んだ。
「おはようございます」
頭の上から声がした。見上げると、お隣の奥さんが二階のベランダから軽く会釈をする。
「おはようございます」
立ちあがって笑顔を作り、スウェットのまま丁寧に頭を下げ、そのまま青虫に向き直った。あの様子だと、多分、お隣のベランダからは青虫が見えていない。
放っておいてもいずれ鳥やトカゲなんかが食べてくれるだろう。でも早いうちに土をかけるなり掘って埋めるなり、あるいは切断して燃えるごみの日に出すなりしないと、死体の腐乱や捕食者の気ままな食べっぷりによって庭が荒れてしまうことを想像した。
スウエット姿で腕を組み、片方の手を軽く顎に添え考えごとをしているふうを装って私は家の中に入った。
青虫の始末は、夫が帰ってきたら頼むことにした。夕食のおかずを一品足しておこう。
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