八十八夜

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 私は二階に上がりクローゼットからつばの広い帽子とフェイスタオル、それに手袋を出して庭仕事の支度をした。  外出着、ねまき、部屋着、そして庭いじりのための服、と別々に分けて引出しにしまってある。隣のたんすにはタオル類や帽子、手袋、靴下などが入っている。  日焼け止めを塗り、長袖のシャツとジーンズに着替えて一階に下り、玄関でゴム長を履いて納戸からスコップを出し外に出た。  塀の向こうで、子供たちがかばんを揺らし大きな声でしゃべりながら通り過ぎる。  住宅地から続く坂を下りて二回カーブを曲がると、右手に中学校、左手に小学校がある。  授業参観や運動会の時はきっと、同僚であり上司部下である両親たちが互いにあいさつで大変だろう。でも、気心が知れているので安心には違いない。  急に姿を現して子供たちを脅かしたりしないように、塀から体を隠すようにして腰をおろし、庭の端から雑草を抜きはじめた。  ふと思い出して、昨日のうちに集めておいた生ごみを台所からもってきた。花を植える予定の場所に埋めて、土を肥やしておくのだ。  透明でつやのあるビニール袋に入った卵の殻、野菜のヘタや根、油のかす。それらを黒っぽく柔らかい土の上にぽとっと落とし、スコップをつかって横に広げ、土を縦に刺し、下から土をほじくり返して上に乗せる。  さくさく、ごりごり、痛みかけた生ゴミの匂いと土の匂いが混じり合う。  土の中にいたミミズが分断されて、三匹ほど地表に上がってきた。体が不格好にちぎれて、赤黒いロープの端っこのようなものが、ぴくぴくと痙攣している。  不運なミミズにごめん、と思いながら、私はさらに土をつついて盛り上げる。  堆肥化して土が肥えたら何を植えようか。秋に黄色い花をつけるツワブキにしようか。  庭の西南にあたるここは、南東と北西に植えてあるオリーブの木と木の間に挟まれている。  西日が花にあたるときれいだろうなあ。オレンジ色の光を受ける花たちの姿を想像する。  スコップでならしていくうちに微量の金属が混じったような土のにおいが立ち込め、私は手を止めて、その場にしゃがんだまま置物のように動かなくなった。  じっと目を閉じると、土に同化したように、静かな呼吸だけの存在になる。
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