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「よくテレビで『旅先で迷うことも旅の醍醐味』とかあるじゃない。あれって地図を読める人が言うことだと思うのよね」
「うん」
「でもさあ、旅行の工程半分を徘徊で費やしてたら、それは果たして楽しいと言えるのかね?」
「うん」
「ごめんなさいは?」
「うう……ごめんなさい」
私たちは、地下道を彷徨っていた。
****
元々旅行は好きだけれど、パック旅行で行ったら、あまりにも行きたくない場所にまで行かされるし、特に体験したくないことまで体験させられるため、思っているより楽しめない。
しかしホテルの予約をして、あとはぶっつけ本番で旅行しようとしたら、いつもこれである。
ホテルのご飯は下調べばっちりしているため、かなりおいしいものの、町の散策を楽しめないまま、旅が終わってしまう。
今日も地下道を私たちは彷徨っていた。
本当だったら地上から出て散策しようとしたものの、道を尋ねた人たち五人に聞いて、五人ともに首を横に振られて反対されたのである。
「やめとけ、今地上に出たら工事だらけで戻ってこれなくなるから」
「地下だったらまだ地図あるから」
「スマホの電波は通じなくなるかもしれないけど頑張れ」
こうして、電波がないからスマホで地図検索できない。試しに地上に出たら工事だらけで信号や道路の封鎖が多過ぎて通れない。でも地下も工事をしているせいで全体的に道幅が狭過ぎるという三重苦の中、彷徨い続けているのだ。
正直もうホテルに帰りたい気がしている。
「私たちはいったいなにしに来たんだろうね」
「旅行だよ」
「なんでずっと迷子になっているの?」
「地図が読めないからだよ」
一応旅行ガイドは読んでいるものの、地下のどの出入り口から出れば観光地に着くのか、もうよくわからない。でもこのまま迷子を続けていても不毛だとは思う。
そう思っていたら、いい匂いが漂ってきた。
「あれ、この店……」
「知らない」
見上げてみたけれど、旅行ガイドには載ってない店だった。
漂ってきたのは、蒸したての饅頭だった。
「いらっしゃいいらっしゃい」
「すみません。これってなんですか?」
「これですか?」
聞いてみたら、無茶苦茶有名な老舗和菓子屋さんとのれん分けした店のものだった。私たちはそれを買い、蒸したての熱々の饅頭を頬張った。
「おいひい……」
「うん……まさかこんなおいしいものがこんなところで食べられるとは思わなかった」
「うん……旅って本当はこういうものだと思うから」
パック旅行でも旅行ガイドでも、旅行先の空気までは得ることはできない。私たちは地図が相変わらず読めないまま、歩きはじめた。
ただ喧騒だけだった地下道も、今は少しだけ輝いて見える。
<了>
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