夸父追日

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 夸父の亡骸の周りは大きな樹木が生えて林を成した。  未だ人為の加わらぬこの未開の地には訪れた。 「永遠の命を得ようとして(かえ)って死を早めるとは――皮肉なものだ。そして、哀れなほどに愚かだ」  張り巡る樹の根の隙間に微かに見える亡骸を見下ろし、一切の躊躇も見せずに冷たい口調を浴びせる。  黒装束に三つ目の鬼面で顔を覆った奇妙な人物――瘡悩である。 「貴公に言ったこと、あれは全て虚構(ウソ)だ」  言わずもがな、夸父には届かない。そんなことは知った上で滔々(とうとう)と続ける。 「虚構(ウソ)は愚者を釣るには最高の蜜だ。まんまと釣られた愚者の人心は荒廃し、やがて乱世を築き上げる。まさに我が求めん楽園だ。だが、それは大変な苦痛を伴う地獄でもある。分かるか?いいや、問うだけ無駄なことだ」  太陽が沈み、暗闇に包まれると同時に辺りには濃い霧が立ち込めた。視界は悪く、暴風雪の如く先は全く見えなかった。 「虚構(ウソ)虚構(ウソ)とも知らず虚構(ウソ)を一途に追いかける。クックック、俗世に生ける蛙はやはり面白い。この我輩を永遠に(たの)しませてくれる……」  瘡悩の声は徐々に小さくなり、糸が切れたように消えた。  
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