素質

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「は? 福岡?」  レンタルバッテリーで復活したスマホから、明日香の呆気に取られた声が聞こえた。  何をしているのやら申し訳ないやらで、うまく言葉が出てこない。しどろもどろになりながら説明すると、明日香が電話の向こうでクスリと笑った。 「ごめんごめん、昨日焚き付けちゃったあたしが悪かったよ。人の旦那にお弁当を届けに、わざわざ飛行機に乗るなんてさ。そんな向こう見ずは、あたしが知る限りあんただけだよ」 「褒められてるのか貶されてるのかわからない」 「褒めてるに決まってんでしょ?」 「……それは、どうも」  私の奇行を笑い飛ばしてくれる明日香と話すうち、少しずつ心に余裕ができてくる。  すると今度は、先ほど見たものを彼女に話すべきか悩むことになった。 「……明日香は福岡に出張だって、知らなかったの?」  結局、私は探りを入れるところから始めることにした。 「ううん、全然。泊まりになるかもとは言ってたけど、普通に会社って聞いてはいたよ。納期前で忙しいんだってさ」 「……あ、そう? へー……」  生返事をする。そして、確信した。  私がホテルの前で見たのは、タクシーを降りて、その場にいた派手目な格好の女性と一緒に歩いていく明日香の旦那だった。  それを見た瞬間、私は浮気を疑った。しかし、仕事関係の人ということもあるかもしれない。私の考え過ぎだろうと思い込みたかった。  だが明日香の話を聞く限り、その可能性は低そうだ。  この事実を伝えるべきか、それとも黙っておいた方がいいか。  悩んでいるうち、予想外なことに明日香が切り出した。 「多分だけど、女だよね?」 「え?」 「私の旦那、女と会ってた。……違う?」  唐突な言葉に、私は思わず息を詰まらせてしまう。この状況での沈黙は、肯定も同じだというのに。  見透かすような言葉に観念した私は、息と同時に言葉も吐き出した。 「……まあ、そう、だね。会社の人か、取引先の人かな、とも思ったけど」 「やっぱり。おかしいと思ったんだよね。急に電話が増えたり、休日出勤が増えたり、スーツだって新しいのを買って。まさか、福岡まで行くとは思ってなかったけど」 「……疑ってたの?」 「うん。少し前から」  なるほど。どうりであまりショックを受けていないと思った。  ……となると、今日の休日出勤も、浮気を疑って弁当を作ったことになる。明日香の旦那も、あえて忘れて行ったのかもしれない。  そんな二人の思惑の狭間で、私は自分の意地のために踊ってしまったというわけか。明日香は可哀想ではあったが、旦那のことはあまり知らないこともあって、励ますべきか同情すべきかわからなくなった。 「……となると、私は偶然目撃しちゃったってことになるよね……」  わからなくなった結果、私はひとまず自分の置かれた状況をコメントした。 「偶然というのは、ちょっと違うかな」 「え?」 「昨日の夜、あんたが泊まりに来てくれた時点で……これは意図的だったと言えるかも」
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