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「なぁに、まだ春奈のこと好きなの?」
酔っているのに鋭い美香に内心舌打ちをする。
「別に……昔を思い出しただけだ」
ぼそぼそと言い訳にもならないことを口にした俺に盛大なため息が浴びせられる。その態度に文句を言いかけ、しかし倍になって返って来るのが容易に想像できて無言で眉根を寄せると視線をそらした。
「もう。そんなに後悔するくらいなら、ちゃんと告白すれば良かったのに」
なのに美香は追撃するのを緩めない。俺の気持ちに唯一気づいていたコイツに、学生時代にも何度も同じことを言われていた。それでも俺が自分の想いを告げることは無かった。
「……結末が分かっている勝負をする気がなかっただけだ」
そう、春奈がずっと誰を想っていたかなんて分かり切っていた。俺と話す時にはない熱が優斗に向けられているのをそばで見せつけられていたのだから。そして春奈を見る優斗の様子から遠からずその想いに応えることも分かっていた。
振られることが分かっていて告白するのもバカらしいし、今の関係を崩すのも嫌だった。だから俺は時間をかけてこの想いを思い出にした。新しい恋もして、恋人がいた時期だってある。
なのに結婚式で久々に再会した春奈を見て心だけがあの頃に戻された。初恋は特別とは誰の言葉だったか。胸を締め付けるような痛みを隠し、なんとか幼馴染として今日一日笑顔で祝福して乗り切ったのにここで躓くとは思わなかった。
苦々しい顔をしている俺をじっと見つめていた美香がおもむろに口を開いた。
「私の秘密を教えてあげよっか」
「なんだよ、急に」
唐突な話の転換について行けず怪訝な声を上げる俺に構わず美香は続ける。
「私ね。ハジメにジャンケンゲームでグーを出して欲しいって、毎回思ってたんだよ」
「ジャンケンゲームって……グリコ、パイナップル、チョコレートのあれか?」
「そうそれ」
これ以上俺の話を蒸し返されるのも嫌だったので、のってはみたが何が言いたいのか分からなかった。ジャンケンで勝った手ごとの文字数分だけ進めるゲームは、子供のころによくやっていた遊びの一つではあるが、特に印象深い思い出もない。
「四人で帰ってもさ、途中で春奈と優斗とは別れるから二人になるとよくやってたよね。先に分かれ道に着いた方が勝ちって決めてさ。でもハジメは絶対グーは出さなかった」
「そりゃ、たくさん進める方がいいだろ。グー出したってグリコで三歩しか進めないだぞ」
「だろうと思ったよ。単純で読みやすかった」
「その割にはお前、ジャンケン弱かったろ」
考えなしと言われて思わず口を尖らせて反論すると美香が笑う。
「あの頃の私はグーを出したハジメに勝ちたかったから」
「なんでだよ?」
俺の疑問には答えずに美香は笑顔のままこぶしを突き出してきた。
「ねぇ、ハジメ。ジャンケンしよっか」
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