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俺が戸惑っているのにもお構いなしで美香は更に続けた。
「ハジメはグーしか出せない呪いにかかりました!」
「おい」
いつになく強引で話を聞かない。俺がやるまで引かないようだ。この酔っ払いめっと内心毒づき、渋々腕をあげると「絶対グーしか出せないんだよ」と念押してこぶしを振る。「はいはい」と適当な返事を返すと、ふくれっ面になったが文句は出なかった。
「じゃあいくよ。最初はグー! ジャン、ケン、ポン!」
訳も分からず俺は言われるままグーを出すと美香はパーを出していた。何がしたかったのか俺が聞く前に、美香はキュッと口を引き結ぶと歩き出した。
そんなにパイナップルが言いたかったのかと、明後日な方向に行きかけた俺の思考は美香の声にかき消された。
右足が着地して「は」続く左足で「じ」。聞こえてくる音は予想外で言葉は聞こえているのに、認識はできていなかった。
最後まで言い終わった美香は振り返り、もう一度俺に告げる。
「ハジメが好き!」
泣き笑いのような顔を向けられ、これは冗談ではないということはすぐに分かった。俺は呆然と美香を見つめ、はくはくと声にならない空気を吐き出した。
「絶対にグーを出さないハジメが、このゲームでグーを出したら告白しようって子供の頃から決めてたの」
「そんな態度、一度だって……」
かすれた声が知らずのうちにこぼれ落ちていた。あんなに一緒に居たのにそんな素振り一度だって見せなかった。
「ハジメと一緒。振られるのが分かってたから、内緒にしてた。でもずっと隠しているのは苦しくて……だから賭けをすることにしたの。絶対に起こらないことが起こったら、それは恋の神様が告白しなさいって後押ししてくれてるんだって思って。あの頃の私、ジャンケンする時はいつもドキドキしてた」
「なんで、今になって」
「私もあれから何年もたって、もう諦めたと思ってたんだ。でも今日のハジメ見てたら、やっぱり言わずに後悔するのはイヤだなって思っちゃって……勝手でゴメンね」
眉を下げて謝る美香に俺は首を横に振った。気づかなかったとはいえ、俺も無神経だった。あの頃、春奈にも優斗にも吐き出せない想いを、二人の時はこぼしていたから。自分が抱えていたのと同じ傷を美香にも与えていた。
帰り道の夕日に照らされた美香の顔を思い出そうとするが、もやがかかったようにぼやけて消えてしまった。
「ねぇ、ハジメ。返事をくれる?」
俺の答えなど分かり切っているのに、区切りをつけるために美香は答えを求めた。俺にはなかった勇気で。
俺は唇を噛みしめると、その姿に向き合った。
「…………ゴメン」
美香は「うん」と頷くと、ゆっくりと目を閉じた。そして次に目を開いた時には、憑き物が取れたような穏やかな表情だった。
「言いずらいこと、言ってくれてありがとう」
俺が感謝されるいわれはないのに、そう言う美香に堪らなくなった。衝動的に抱きしめたくなる体を抑えこぶしを握ると、想いを言葉にのせる。
「美香、好きでいてくれてありがとう」
美香は息を詰めて大きく目を見開いた。そして瞳を揺らすと、くしゃりと笑った。はじけた涙が頬を伝い月光に輝く。
それは今まで見てきた中で一番不細工で、一番綺麗な笑顔だった。
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