光売り

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 月のない夜、街灯が点かないときがある。  その日は光売(ひかりう)りがやってくる。  光売りは言葉の通り、光を売っている。  ただのランプではない。通常、人が手に持つことのできない光も売っているという噂だ。  禅介は月がない晩は必ず寝る前に窓を開けて外の街灯を観察する。  街灯は決まった時間になると白い光を路面に投げかける。毎日、消えることなく朝まで光り続けている。  禅介は街灯に惑わされる大きな蛾をぼんやりと眺め、つまらなそうに窓を閉じる。月のない夜に決まって行うことだった。  禅介は学生で、昼間は学校で勉強し、友人たちとはしゃぎながら家に帰る。帰れば昼寝をしたり、勉強をしたり、家事を手伝ったりと、自由に過ごしている。それを毎日繰り返していた。  勉強は好きな方だし、友だちにも恵まれた。たらふく飯を食べて、夜には早く寝る。健康的で、幸せな日々だった。  しかし、禅介にはただ一つ、親を悩ませる行動をした。  十二歳くらいの頃から、禅介はたびたび墓に足を運ぶようになった。  親族の墓参りではない。ただ墓場をうろつくのだ。向かう墓場も様々で、近くの寺だったり、バスの途中駅にある霊園だったり、電車を乗り継いだところにある外国人墓地だったりする。  墓に眠る故人とは関係のない少年が何をするでもなく墓場を徘徊しているのだから、その場にいる人は当然不審そうに彼を見る。昼時になるとおにぎりを食べ始める彼は明らかに浮いていた。まるで花見をするように墓地の中空を見上げているのだ。  ある日霊園の草地に座り込み、本を読んでいた禅介の行為は、同級生の母親に出くわしたことで両親の知るところとなった。また学校の近くの墓場でしゃがみこんでいたのを発見され、同じく家に電話をされたこともあった。  母親は心配して何度も理由を聞いたが、禅介は「暇だったから」「静かなところが好きだから」としか答えない。それ以上は何も引き出せないので、結局人様に迷惑をかけないよう注意するに留まった。  友人たちは禅介の行動を知っても彼への態度を変えることはなかったが、禅介は幽霊が見えるらしいという噂が学校中に広まってしまった。当人もあえて否定はしなかった。  墓場を見て回ることと、月のない夜に街灯を確認すること以外は、禅介はいたって健康ではつらつとした少年だった。  深海を泳ぐ、未知の生物を見ているようだった。  天秤棒を担いだ人物が、禅介のいる二階の窓の真下をゆっくりと通過していく。  昼間の雨で路面は濡れていて、天秤棒にぶらさがった無数の光を反射しているさまはまるで泣きはらした顔のようだった。  その人物の周り以外はいつもより暗かった。禅介は街灯がどれ一つ点いていないことに気が付いた。  窓を閉めることも忘れ、急いで箪笥(たんす)から服を掻きだす。寝巻を脱ぎ捨て部屋を出る。  一階の玄関を出るまでは忍び足で、扉を閉めてからは全力で駆けた。  光売りは家々の連なる街路を歩いている。天秤棒に吊るされた光たちはプラプラと揺れている。  赤、白、(だいだい)、さまざまな光がひとところに集まり、左へ右へ揺れている。  中には青い光もあるし、何色もの色彩を固めたような光もある。  夢よりも夢らしかった。  「待ってくれ!」  禅介は叫ぶ。  光売りは振り向かない。  それでも、運動もそこそこ得意な禅介にとっては追いつくのは簡単なことだった。  ひたすら走る。  何かを蹴った。割れる音がする。きっと鉢植えだ。街灯がないせいで足元は墨で染めたような黒だった。禅介は気にすることなく駆け続けた。  頭の中は墓場でいっぱいだった。近所の墓場も霊園も外国人墓地もすべてが混ざり合っている。  もう少し、もう少しで。  ずっと求めていたものが手に入るのだ。  頭は墓でいっぱいになり、目は前方の光だけを捉えている。盲目的といえるほどだった。  そして、横から現れた人物と禅介が衝突し、光売りは相変わらずゆっくりとした足取りで姿を消した。
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