光売り

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 二人がぶつかった場所の近くの家から明かりが漏れていたことは幸運だった。  光売りがいなくなってしばらくは辺りが何も見えない状態だった禅介はそのわずかな光を頼りに、なんとか衝突した相手を見ることができた。  その男は禅介と歳が大して変わらないように見えた。しかし、少しだけ向こうの方が大人っぽさがあった。  男も禅介も何も言わずに向かい合っていた。謝ることもなければ責めることもない。  やがて男がふうと息をついた。  「こんな夜中にどうして走ってたんだ」  その言い草に禅介はむっとする。  「そっちこそ」  「俺は……」  男は出てきた方とは反対側の――つまり右側の脇道を指さした。昼間も狭くて薄暗いその道は、今では真っ黒に塗りつぶされている。  「光売りって、知ってるか?」  男の言葉に食いつく。  「あんたも光売りを追ってたのか!」  「えっ、君も?」  お互いきょとんとした顔をしたが、なんせ光が足りないもので、相手がどんな顔をしているのかまったくわからない。  「光売りはあっちに行ったぞ」  禅介が正面を指さすのに対し、男は違うだろうと言って右手の脇道を示した。  「あっちを歩いて行ったぞ」  「嘘だ。この道をまっすぐ歩いてたんだ。脇道にいたなら光なんてここからじゃ見えないんだから」   「それはこっちだって一緒だ。大通りを光売りが歩いてたら、脇道にいる俺からわかるはずないだろうが」  禅介も男も語気が荒くなる。光売りを早く追いたいという気持ちも手伝って、自分と違う意見なのが腹が立つ。  禅介は暗闇で見えもしない手振りを交えながら、天秤棒を担いだ光売りが大通りをまっすぐ歩いていたことをまくし立てた。  男にはその言葉が意外だったようだ。  「俺が見たのは着物を着た女で、光をたくさん乗せた屋台を引いてたぞ」  「嘘だ」  「嘘じゃねえよ」  「嘘だろ。女かどうかはわからないけど、シャツを着てたし、屋台なんかなかったね」  「嘘嘘うるせえよ。じゃあ二人いるってことだろ、光売りが」  豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした禅介の顔は依然と闇に紛れている。しかし彼の驚きは伝わったようで、  「光売りが一人だとは限らないだろ」  「そうだけど……」  そもそも光売りという存在自体が都市伝説のようなものだから、それが二人、いや複数人いるということが信じがたかった。  しかし、今夜確かに目にしたのだ。多種多様な光を――まるで天国や魔界から採取した鉱石の輝きのような光たちを禅介は見たのだ。今まで疑いながらも待ち望んでいた光売りがこの町にやってきたことは、確かな事実であった。  しかもそれは一人だけじゃない。  体中を気持ちの良い震えが駆け巡る。  「天秤棒でも屋台でもいい。男でも女でも、シャツでも着物でも構わない。光売りを見つけ出してやる」  目の前で笑う気配がした。  男が禅介の肩を軽く押す。  「お前も光を買いたいんだな。それじゃ、協力しよう」  コツコツと何かが路面を叩く音がする。禅介は慌ててその音についていった。  男はコツコツ、コツコツと均等に音を立てながら歩く。その音は、心なしか機嫌の良さを表しているようだった。  「俺も光売りに会えれば……いや、光さえ買えればそれでいいんだ。二人でなら、また見つけられる。夜もまだ長いしな」  「そういえば、名前は?」  禅介が聞くと、男はコッツン、と小気味よい音を響かせた。どうやら彼は(つえ)をついているらしかった。脚が悪いのだろうか。  「俺は功介(こうすけ)ってんだ。そっちは?」  功介は早足で進んでいく。禅介は彼の横に並んだ。  「禅介。今夜はよろしく」
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