光売り

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 禅介と功介はまず大通りをまっすぐ歩いたが、天秤棒をかついだ光売りは見つからなかった。  街灯が一つ残らず消えた夜、頼りになるのは功介が地面を叩く杖の音のみだ。  「走って逃げたのか?」  功介の呟きに、禅介は苦笑する。  「まさか。あんなにゆっくり歩いてたのに、いきなり走るわけないじゃない。売り歩いてんのに、客から逃げるなんて矛盾してるだろ」  「そっか。でも本当に見当たらないな。いたらすぐにわかるのに。なあ、脇道に入ったってことはないか?」  「それはありえる」  それでもとりあえずは大通りを端まで歩こうということになった。大通りを抜ければ噴水のある公園に出る。そこで商品を並べているという可能性を考えたからだ。  「しっかし、本当に暗いなあ」  夜は暗いもの。わかってはいたが、目を凝らせばある程度歩いたりものを見たりできるものと()めてかかっていた。それはずっと街灯のある道を眺めていたからで、本当に光がない夜がこんなにも歩きにくくて不安なものだとは考えもしなかった。  功介が「怖いか?」と茶化したが、禅介は首を振る。  「いや、怖くはないよ。だけど不安だな」  「どう違うんだ」  こうして質問を返してくれる相手がいることが、今の禅介には心強かった。先ほどまで感じていた功介への憎々しさは夜風にさらわれ、今はただひたすらに答えを紡ぐ。  「俺ね、よく墓場に行くんだ」  「墓ぁ? いきなりどうしたよ」   「えっとね、一人でじいちゃんが埋まってる墓に行ったり、ちょっと離れたところにあるでかい霊園に行ったりするわけ。あと外国人墓地とか、海が見える丘にある樹木葬の霊園とか」  杖が道の石とこすれる音がする。功介が戸惑っている、なんとなくそう理解した。  禅介は続ける。  「別に墓参りをしているんじゃないんだよ。ただ、墓場に行くことが目的で、着いたあとに何かするわけじゃない。たまに本を読んだり、課題をやったり、おやつを食べたり、昼寝したり……」  「昼寝!?」  杖が地面に叩きつけられる音がする。その音は家々の壁にぶつかりながら、夜空へ(のぼ)っていった。  「お前、見ず知らずの人の骨がじゃんじゃんあるところで寝てんのかよ」  「うん」  「どうしてだよ。そういう趣味か?」   彼の返しに、禅介はおかしくなって笑った。転ばないように慎重に運んでいた足が大胆になる。愉快だった。  「そんな悪い趣味あるもんか。だけど、そのおかげで怖いって感情はあまりないかも。幽霊が出るならこんなところじゃなく墓で出るもんね」  「そんな趣味なくたって、そんなことする奴あるかよ。まるで墓場をお庭みたいに……死んだ人たちが怒るぞ」  「かもね」  舗装が乱れて石が突出している箇所に、禅介の足が引っかかる。体勢を立て直す暇もなく地面に叩きつけられる。  大丈夫か、と功介がしゃがんで禅介を手探りで探す。  禅介の方から功介の手をつかみ、立ち上がる。痛みはさして強くなかった。服も破けていないようだ。  転んだことで雑談している間の興奮が少し冷め、禅介は墓場の話を自分からしたのはこれが初めてだと気付く。いつもは黙って出歩き、見つかったら報告されるばかりだったのだ。  初対面の相手にべらべら話してしまうくらい、暗闇が不安だったのだろうか。それとも功介とは今夜限りの関係だから、後腐れなく話せるのだろうか。あるいは、功介と光売りの存在を共有できることが、思っている以上に嬉しいのだろうか。  「早く光売りを見つけて、怪我がないか確かめないとな」  功介がそう言いながらも、歩く速度を少し落とすのがわかった。  「功介」  「何?」  「功介は歳いくつ?」  「十七歳だけど」  禅介はえっと声を上げる。  「禅介は?」  「十六……です」  「敬語はよろしい」  「へーい」  ここが夜の街中であることを忘れ、二人の笑い声が弾けた。
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