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――その後、カロスは崩壊した大聖堂の前に来ていた義父――ダロスによって救われる。 喧嘩して出ていった息子の死を知ったことで、ダロスはカロスの墓標となったカテドラルへと(おもむ)いていたのだ。 ダロスは、バカ野郎と何度もカロスを叱咤(しった)しながら、生きていた息子を(かくま)うことにした。 失った左腕と右目。 さらに全身を焼かれたカロスは、それからダロスの家で治療を受けた。 しかし、彼の負った傷を完全に癒す術はなく、なんとか命だけは繋いだものの、とても以前のようには動けなくなってしまう。 それから数ヶ月が過ぎて、どうにか日常生活を送れるくらいまで回復したカロスだったが、その様子はまるで別人のようになっていた。 それは体中にある火傷(やけど)の痕や、隻腕隻眼といった、見た目だけの話ではない。 以前の、良くも悪くも覇気に溢れた態度は鳴りをひそめ、日がな一日ブツブツと独り言を口にするようになってしまっていた。 育ての親であるダロスは、そんな息子を見て思った。 大空賊カロスは、もう二度と空を飛ぶことはないと。 「ヘリオス……どうして死んだ……?」 狭い部屋で、ベットの上に横になりながら、ぼんやりと天井を眺めるカロス。 彼は死にかけてもなお、冒険家ヘリオスのことを想っていた。 体の痛みや、今後の自分のことなど一切考えず、ヘリオスの生前――彼との死闘や、短いながらも、互いの感情や願望を言い合った頃のことが思い出された。 そして、潰れた左目に焼き付いているのは、カロスの片目を失明させたラビュトスではなく、ヘリオスの姿だ。 「空は“俺たち”のものだった……。統一修道会なんてもんがいくら世界中に広まろうが、“俺たち”はずっと自由だったんだ……」 ダロスは、カロスにあまり家の外で起きていることを知らせなかった。 死にかけた傷心の息子には、刺激が強いと思ったのだろう。 だが、カロスはゾンビのように覇気がないながらも、世界が今どうなっているのかを調べていた。 自分が死んだ後のことが、気にならない人間などいないだろう。 それは、自分を殺そうとした者たちにしても同じだ。 カロスは散歩に行くと家を出ると、近くの村や町まで足を運んで、住民たちの話を聞いていたのだ。 それから得た情報によると ――。 冒険家ヘリオス、大空賊カロスを倒した統一修道会は、その後に勢力を増し、地上だけでなく空をも支配していた。 ヘリオスが遺跡から手に入れた設計図による恩恵で、流通や貿易、そして空賊稼業といった世界中を飛び回っていた飛空艇は規制され、すべての空を飛ぶ船が統一修道会の管理にされた。 これにより多くの者が職を失い、食う食わずの生活を強いられることになっていたことを、カロスは知る。 もしヘリオスが生きていたら、激高(げきこう)するだろうことだが、カロスは別の意味で怒り狂っていた。 「空の支配者は俺たちだ……。それを統一修道会の奴ら……。殺してもまだ俺たちを侮辱すんのか……ッ!」 統一修道会の所業(しょぎょう)と、世界情勢を知ったカロス。 その怒りに、民が苦しめられているという感情はない。 カロスは、これまで自分たちが飛び回っていた空さえ管理し始めた統一修道会に耐えられないだけだ。 ヘリオスとの戦いの日々が残る大空を侵した修道会に、忘れかけていた憎悪が湧き上がったのだ。 それからカロスは、義理の父であるダロスに、家を出ることを伝えた。 当然、そんな体でどこへ行くつもりだと訊ねた義理の父に、彼は答えた。 また空に出ると。 するとダロスは、息子を引き留めた。 しかし、それは今はまだ行くなという意味であった。 「ちょっとこっちに来い。お前に渡すもんがある」 「渡すもんだと? なんだよ、金でもくれんのか?」 ダロスは、自分の工房にカロスを入れた。 そこには、いくつもの剣や斧、さらには甲冑などの武具があった。 「こいつは、(わし)からの最後の餞別(せんべつ)だと思え」 ダロスは鍛冶屋だった。 彼はその武具の中からある物を手に取って、カロスにじっとしているように言う。 「親父……。わざわざ作ってくれたのかよ!?」 それは鋼鉄製の義手だった。 内部の構造は、火薬を入れればピストルにもなるという、世界中どこにもない一品だ。 「ふざけたこと言うな。こいつはな。前にどっかのバカ貴族に頼まれて作ったんだよ。お前なんかのために儂の腕を振るうか」 ダロスは、憎まれ口を叩きながら、カロスの左側に義手を付ける。 それから一振りの片手剣を渡すと、息子を突き飛ばして、その曲がった背を見せた。 「ほら、どこへでも行きやがれ、このバカ息子が。今度こそ死にかけても助けてやらねぇからな」 ダロスの声は震えていた。 カロスはそんな義理の父に気がつくと、なにも言わずに家を出ていった。 そして、ダロスのもとを去ってから二年後――。 カロスは、古い友人――いや、かつて空賊として覇を競った相手のアジトへと来ていた。 手土産にワインの瓶を二つ持って。 「なあ、カリア。俺やヘリオスがいなくなってから数年、今の空はどうだ?」 会いに来た相手の名はカリア。 青い髪をした女空賊として名を馳せ、青空の麗人と呼ばれている。 大空賊として知られるカロスとは、同格扱いされている人物だ。 カロスとは見習い時代に同じ空賊団にいたようで、その縁で時には殺し合いながらも、互いに利益があれば酒を飲む関係に落ち着いている。 「あん? くだらねぇこと言ってんじゃねぞ、カロス。その残った右腕も切り落とされてぇのか」 カリアはもらったワインをコップに注がず、瓶のまま口につけながら答えた。 今や世界中の空は、統一修道会によって管理されているのだ。 そんなの答えるまでもない。 空賊である彼女にとっては、最悪でしかないだろう。 「ガッハハハ。相変わらずで安心したぜ」 「お前こそ、統一修道会に殺されたと聞いたが、今までどこで何してたんだか。……それにしても不味いな、このワイン。まさか貴腐(きふ)ワインじゃねぇだろうな、これ?」 カロスが持ってきたワインは、貴族御用達のワインだった。 カリアは上品な酒が嫌いなのもあって、少しワインを飲むと、舌を出しながら瓶を放り投げる。 そんなカリアに向かって、カロスは笑いながら言う。 「なあ、カリア。俺に手を貸せよ。いくら好きに飛べなくなったっていっても、飛空艇くらいあんだろ?」 「お前……一体何を企んでやがる……」 「なぁに、空の支配者が“俺たち”だってことを、世界中に思い出させてやるのさ」 カロスは、冷や汗をかくカリアに、そう言い放った。 一度は殺されかけながらも、彼の中にある空への想いは消えはせず、むしろ年々深まっている。 その想いには、ずっとカロスの中で生き続けているヘリオスの姿があった。 カロスは、ヘリオスがいなくなったこれからも、ずっと彼の影を追っていくだろう。 もし、彼が追うことはやめるとしたら、それは世界へ復讐を終えた時だ。 〈了〉
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