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何年前かは覚えていない。だが、今よりうんと小さかったことは覚えている。
村の子どもが畑仕事に駆り出される年齢よりも幼かった。何も出来ない子どもだったのだ。そんな子どもが、呪いに侵されて危機に陥る村のために出来ることなんてなかった。
村は呪いの侵食に苦しんでいた。村長の息子だった僕は、毎日、村の住人が死んだという報告を聞いていた。
あまりにも惨い報告が続くからか、ある日から僕は部屋から一歩も出ないように言い渡された。誰とも会わず、誰とも話さない日が続いた。
どれほど経ったのか、急に父が僕に言った。
「お前は生け贄として、魔女様のもとへ行け」
生け贄――それが、何も出来ない僕が、この村のためにできる唯一のことだった。
なんとしても魔女の怒りを静めなければ――僕は、幼いながらにそう誓った。
魔女への手紙とわずかばかりの食べ物だけ持って、僕は森に入った。当然、迷った。
森の入り口からずっと白い花が咲いているのを目印に歩いてきたのに、気付けば見当たらなくなっていた。
進む道も戻る道も見失って途方に暮れていると、見知らぬ女性が声をかけてくれた。
「君、どうかしたのか?」
長い黒髪を揺らすその人の瞳は、月の光のように柔く、綺麗だった。僕の母親よりも若い風貌のその女性を村で見たことはなかったけど、不信感や恐怖といった感情はまったく湧かなかった。
むしろ、その逆だった。
「あ、あの……魔女様の家に行きたいんです」
「魔女の? どうして?」
「僕は生け贄なんです。魔女様にお願いして、村を助けてもらうんです」
そう、正直に告げた。怪しい人だとは考えもしなかった。
女性もまた、不審がる様子はなく、それを聞いていた。
「君が生け贄に?」
「はい、村の皆が苦しんでいるんです。だから……」
「ほぅ……君の父君から何か託されているな。見せてみなさい」
僕は、魔女へと託された手紙を見せた。すると女性は、僕と手紙を交互に見つめて、ため息をついた。
「なるほどな」
そう呟くと、女性は踵を返して歩き出した。そして、言った。
「着いてきなさい。魔女の家に連れて行ってあげよう」
その言葉を信じて、喜び勇んで着いていき、驚いた。
魔女の家は、森の奥の澄んだ泉の傍にあった。木漏れ日が水面にキラキラ反射して、宝石箱を庭にしているようだった。
家の隣には畑がいくつもあり、色々な野菜や草が青々と茂っていた。たくさんではないが、一人で暮らす分には十分な量だ。聞けば、魔女様の力でこの近辺だけ守られているのだそうだ。
魔女様は今までも、その力を僕たちの村に分けてくれていたのだ。胸の奥が、魔女様への感謝と敬愛の念で溢れた。
だけど家の中に入ると愕然とした。
そこはあばら屋と言っても過言ではないボロ……いや正確にはなんだかとても汚い家で、人が住んでいるとは到底思えなかった。
更に言えば、そこに棲んでいる魔女様というのが、僕を案内してくれた親切で綺麗なあの女性だというのだ。もはや何を信じればいいか、わからなくなった。
唖然とする僕に、魔女様は言い放った。
「私に尽くす生け贄くん。早速だが掃除を頼む。他にも料理に洗濯、薬草の採取、畑仕事……きちんとしてくれたら、呪いの件は考えようじゃないか」
純真だった僕に魔女様が投げたその言葉を信じてはや数年……。
今も僕は『生け贄』として、魔女様に尽くしている真っ最中なのだ。
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