魔女様と生け贄くん

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 もちろん”生け贄”としてこき使われるばかりじゃなかった。  読み書きや薬草の知識、家事労働の基本、美味しいスープの作り方、気候の読み方……魔女様は様々なことを教えてくれた。村でのんびり生きていたら知らずにいたことばかりだ。  だから僕は、魔女様に感謝している。小言を言いつつも、彼女と過ごす時間を大切に思っている。  とはいえ僕は村のために来た生け贄。その目的を忘れたわけじゃない。 「村の呪いはどうなってるんですか」 「ちゃんとしてるよ。君の働きに免じてね」   スープに浮かぶ大きな芋をほくほく噛みしめながらそう言われても、どうも説得力に欠けるのだが……一応、本当のようだ。  この家に来て一年ほどが経った頃、村に戻る道を教えられた。時々様子を見に行ってもいいという計らいだった。  森に入って直進、最初に突き当たる大木の幹に「Ⅹ 」と「Ⅰ」が7つ刻まれた傷跡を右に曲がる。すると、道なりに白い花が咲いているから、花が咲く方へと歩いて行く。  そうすると、村を一望できる丘にたどり着くのだ。  言いつけを遵守し、久々に戻った故郷の村を遠くから眺めると、そこには呪いが蔓延する前の穏やかな光景が広がっていた。畑を耕し、家畜を世話し、煙突から煙が上って食事の時間を告げられる。  大人達は忙しく働き、子どもはめまぐるしく遊び回っている。  村は元通りの日常を営んでいた。  ただし、村に入ってはいけない。村の者と会ってもいけない。遠くから見守るだけ。それがここに来てもいい条件だった。  この懐かしい風景に自分が入れないのは寂しかったが、それで村の平穏が守られるならば……そう思った。  僕は村の役に立てている。そう思っていたからこそ、今の生活に不満など零したことはなかった。  魔女様には、もう少し規則正しい生活を送ってほしいとは思うが。  だから、魔女様がその言葉を口にしたときは、足下が揺らぐほどの動揺を覚えた。 「魔女様……今、なんて?」 「君が18才になったので、私はここを発とうと思うと……そう言ったんだ」  驚きのあまり、喉がきゅっと締まった。かろうじて出た声は、掠れて声とも呼べないものだった。 「ど……して?」  それに対する魔女様の返事は、淡々としたものだった。 「いやなに、一つの場所に長居しすぎたのでな」 「長居って……」 「もう五百年になる。この近辺でめぼしい薬草は研究し尽くしたし、そろそろ別の場所でと思ったんだ。君も一人前になったことだしな」  あまりにもさらりと言い放った言葉に、僕の頭は理解が追いつかなかった。なんとか拾えた断片的な情報を、尋ね返した。 「それはつまり、この土地にはもう用がないってことですか?」 「平たく言うと、そうだ」 「ふ……ふざけないでください!」  思わず机を叩くと、コップや皿が跳ねそうになった。だが、ぴったりと机に密着したまま動かない。魔女の力だ。  これと同様に、村を穏やかに保ってくれていたんじゃなかったのか――そう思ったが、魔女様の瞳は静かで、そして冷徹だった。 「ふざけてなどいない。私は、もうそろそろ役目を終えると思うんだ」 「役目って何ですか! 村を助けてくれるんじゃないんですか!」 「別に今までだって助けたことなどないさ」 「そんなバカな……!」 「本当だ。私ができたことなど、ないに等しいよ」 「じゃあ、どうして生け贄なんて……?」  魔女様は答えなかった。答えあぐねている、と言うべきか。僕の求める答えは、きっと今は得られない。  焦りと戸惑いが交互に襲い来る中、魔女様は、更に僕に問うた。 「生け贄くん、君はどうする?」 「どうするって?」 「私と共に違う土地に行くか、ここに残るか……どちらを選ぶか、だ」
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