魔女様と生け贄くん

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 僕は本当に、この右側の道から来たんだったか? 初めて来た時、この木にこんな傷があっただろうか? どうして今まで、そのことを疑問に思わなかったんだろうか?  戸惑い足を止める僕の耳に、ふわりと優しい声が届いた。 「進まないのか?」  振り返ると、彼女がいた。怒っているのでもなく、焦っているのでもなく、ただ僕の行く先を見つめていた。 「魔女様、僕はいったい……?」  どちらから来て、どちらへ行けばいいのか。そんなことを魔女様に聞いて、どうするのか。分かってはいたが、聞かずにはいられなかった。  わからなくなってしまったから。魔女様と過ごす前の自分が、どこにいたのか。  情けない声で問う僕を、魔女様は責めなかった。その代わりに黙って歩み出た。そして懐から短刀を取り出し、大きく振りかざし――大樹の傷に突き立てた。  ガリガリと硬い音を立てて新たな傷を刻む。大樹についた「Ⅰ」の傷が、8つに増えていた。 「あれ……左?」  左も、進める。そんな単純なことに、今、ようやく気付いた。 「君は18才になった。君の進む道を一つ、返そう」  魔女様はそう言い、また僕をじっと見つめている。僕がどちらへ進むのか、見定めるように。  今までと同じく右に進めば、きっと優しい世界が待っている。  左に進めば、どうなるのかわからない。今まで信じていた世界が壊れてしまうかもしれない。  それでも、僕は左を向いた。そうしなくてはいけないような気がしていた。  僕が歩き出すと、一歩遅れて、もう一つの足音が聞こえてきた。  聞き慣れた、柔らかな足音だ。この足音と共になら、僕は進んでいける。どんなことでも、きっと受け止められる。  そんな熱い想いが胸に湧いていた。
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