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木々の間から見える月明かりを頼りに、僕は進んだ。足下には花が咲いていたようだが、枯れている。暗闇で見えないが、木々も植物も、どこか生気がないように思えた。
だからだろうか、その先に広がる光景を、どこかで予想していた。いや、覚悟していた。
畑は枯れ、空気は乾き、人や動物の気配が一つもない。そしてもはや死臭すらしない、静寂だけが支配した場所。
僕の故郷だった村は、そんな場所に変わっていた。
「……いつ、こんなことに……?」
自分で驚くほど、落ち着いていた。さっきまであれほど取り乱していたのに、急に腹が据わったといったように、この惨状を受け入れている自分がいる。
魔女様も、僕の様子に驚いているようだ。だが僕が落ち着いている様子に合わせて、努めて冷静に、話してくれた。
「君と出会った頃には、もう手遅れだった」
冷たい針が刺さったように、胸が痛んだ。だが、それだけだった。その続きを聞かなければいけない。そんな思いの方が勝っていた。
「呪いは、常に人々の暮らしのすぐ傍に迫っているもの。昼が夜になるように、晴れが曇りになるように、四季が移り変わるように、人が病にかかり死ぬように。この世界は、常に呪いが溢れている。どれほど力の強い魔女で消し去るなんて出来はしない」
「この村には、どんな呪いが……?」
「どこにでもある呪いだよ。数十年に一度の大干ばつに、疫病が重なった。不運が続いてしまった」
「……貴女の力で、どうにか出来なかったんですか?」
「言ったろう。私が村に何かしたことなんて、ない。せいぜい時折送られてくる生け贄の子どもに知識を与えて返すくらいしか、出来ることなどないんだ」
「じゃあどうして僕のことは返さなかったんですか? 病に効く薬草の知識を持ち帰れば、もしかしたら……」
言い募ろうとする僕の前に、魔女様は一枚の紙を差し出した。見覚えがあるものだ。
「君が持ってきた、父君の手紙だ」
あの時は魔女様に宛てたものだからと、読まなかった。差し出された紙を、ゆっくりと開いて見ると、懐かしい父の字がそこに躍っていた。
『息子を……この村で最後の子を、どうか助けてください』
書き殴ったような、そして震えたような荒い筆跡を見て、僕の心はずしんと重くなった。
あの時……僕を送り出した時、父も病に冒されていた。森に入るまで目隠しをされていたが、それはきっと村の惨状を見せないため。僕は生け贄に差し出されたんじゃない。魔女様に託されたのだ。
僕だけが、それをわかっていなかった。
「……僕がずっと見てきた村の光景は……」
「私が作った幻だ。幼かった君に、この光景を見せることは酷だろうと思った。だが、故郷のことを忘れろということもできない。せめて、私が一人前の魔女として認められたのと同じ18才になるまでは傍についていようと、そう思ったんだ」
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