魔女様と生け贄くん

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 ようやく、わかった。  僕だけが、魔女様のもとでぬくぬくと暮らし、不自由なく食べて飲んで、病にかかることなく元気に、笑って、生きていた。  自分が村を守っているだなんて思い違いをしながら、僕はずっと魔女様と村の皆に守られていたのだ。  僕は、この数年何もしていなかったのだ。ただ守られる以外、何も……。   「僕は、これからいったい、どうすれば……!」  涙すら出なかった。悔しさで拳を握りしめると、爪の食い込む感触がする。じんわりと血が滲む感触がしたが、痛みは感じなかった。  掌なんかよりも、胸の奥を穿たれた痛みの方が何倍も大きかった。  だと言うのに、掌を優しく包まれた感触を感じ取ると、ふわりと全身が温かく満ちていった気がした。  これも彼女の……魔女様の力なのだろうか。 「泣くことはない。君はこれから、何でもできるんだ」 「何でも……?」  魔女様は、ゆっくりと頷いた。 「私の知識を授けた。父君の優しさを受け継いだ。生きる力を身につけた。どこへでもいける手足がある。それに、まだ若い。様々な可能性を君に残すことが、父君の願いだったんだぞ」 「可能性……?」  ぽかんとして尋ね返した僕の頭を、魔女様は優しく撫でた。出会ったあの日のようだった。 「もう一度、聞こう。生け贄くん、君は、これからどうする?」  どうすれば、いいだろう。今の僕にあるのは魔女様の知識の一部と、家事技術と、魔女様よりほんのちょっとだけ強い腕力と、これもまたほんの少しの畑仕事の知識。色々出来るようで、それほど多くない。  だけどそれらがもっと早くこの村にあれば、少しは違う光景が広がっていたかもしれない。あの幻と目の前の惨状を比べて、そう思わずにいられない。  僕の心に広がる二つの光景と、目の前の魔女様の微笑み。それらを思い描くと、心が決まるまでに時間はかからなかった。 「魔女様と、一緒に行きます」 「……いいのかい?」  魔女様の問いに、僕は迷わず頷いた。 「この村と同じように苦しむ人を、少しでも助けたいです。魔女様と、一緒に」  すると、魔女様は困ったように笑った。 「私は何もしていないと言っただろうに」  そう言いつつ、魔女様は僕に手を差し出した。僕はその手を取り、彼女の瞳を真っ直ぐに見つめて言った。 「あなたはもう長い間、僕たちの村を助けて下さいました。きっとこれからも、どこへ行っても同じ事をする……そうでしょう?」  魔女様は答えなかったけれど、浮かべた照れくさそうな笑みが、答えだと思った。  良かった――そう思った。  幼い頃からずっと見てきた、優しいこの女性(ひと)は、変わらないのだ。 「僕は、これからも魔女様に……貴女の傍に着いていきます。貴女みたいなぐうたらな女性(ひと)のお世話ができるのは、僕ぐらいでしょうから」 「……手厳しいな、生け贄くんは。いや、もう違うか。何と呼んだものかな」  そう言ってうーんと考え込もうとする魔女様を制して、僕はそっと首を横に振った。  そして、その場で膝を折った。 「僕も、変わりません。これまでも、これからも、ずっと貴女に尽くす”生け贄”ですから」
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