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身代わりβの恋の行く先4・終
静かになっていた熱の塊がまたドクドクと脈打ち始めた。そのままさらに奥へとねじ込まれて悲鳴が漏れる。叩きつけられる熱に合わせるかのように背中がブルブルと震えた。中を押し広げている熱と僕の熱が混じり合って、一つに溶け合うような気までしてくる。
「千香彦くん……僕だけの愛しいΩ。僕が見つけてずっと見守ってきた、僕だけの運命の相手。僕が望みきみが願った、二人だけの運命だ」
うなじにキスをされた。そのまま舌で舐められ、カプッと噛みつかれる。柔らかく甘い刺激が徐々に強くなり、最後は肌を食い破るほどの力で強く噛まれた。
「あ・あ……!」
強烈な痛みに涙があふれた。死んでしまうんじゃないかというくらいの痛みに全身が震え出す。体がビクビクと激しく跳ねたけれど、それでも修一朗さんは噛み続けた。同時に僕の中にこれでもかと熱の塊をねじ込んでいった。
(体が、熱くて死んでしまう……!)
そう思った。とくにうなじが燃えるように熱くてたまらない。その熱が体に広がり、熱い熱に濡らされている体の奥をますますカッと熱くした。
僕の何かがぐるぐると熱に掻き混ぜられている気がした。その熱が隅々まで行き渡り、僕の体を、心を次々と塗り替えていく。僕の中に修一朗さんが混じり、そして僕の何かが修一朗さんと交じり合ったような気がした。
「千香彦くん……千香彦くん……」
気がつけば修一朗さんが何度も僕の名前を呼んでいた。囁くような甘さなのに、どこか怖くなるような不思議な声。それに、清々しくて少し甘い香りが僕を包み込むように漂っている。
(あぁ、ようやく……やっと、僕だけの……)
目尻から、また涙がこぼれ落ちた。
僕の姉の許嫁だった人で、僕と結婚してくれた修一朗さん。この人は間違いなく僕だけのαだ、そう感じた。そして僕は修一朗さんだけのΩになった。僕の体のすべてが「このαのためのΩだ」と訴えている。同じくらい「このαは僕だけのものだ」と感じていた。
「ぼく、の……しゅういち、ろ、さん……」
ため息のように掠れた声は、きっと修一朗さんに届かなかったに違いない。それでも僕の中を押し広げている熱い塊は「そうだ」と答えてくれるかのように膨らんでいく。そうして僕の中をこれでもかと言わんばかりに満たしてくれた。
僕は人生で一番幸せな気持ちのまま、修一朗さんの熱を受け止め続けた。
こうしてうなじを噛まれた僕は、予定どおり年が明けて梅が咲き誇る時期に式を挙げた。その頃には僕をβだと疑う声はすっかり消え、代わりに「滅多に姿を見せない深窓の奥方」と噂されるようになっていた。
(それもこれも、修一朗さんが僕に留守番ばかり言いつけるから)
大事にしてくれるのは嬉しい。でも、僕だって修一朗さんが大事だ。僕だけの大事なαのそばにいつもいたいのだと思っている。
(今夜こそは一緒に行こう)
そう思って修一朗さんの右腕を掴んだ。
「やっぱり僕も修一朗さんと一緒に行きます」
「今夜のパーティにかい?」
問われて大きく頷いた。そんな僕に修一朗さんは「しかし」と困ったような顔をする。
少し前の僕なら、修一朗さんを困らせたくなくてすぐに諦めただろう。でも、いまは少し違う。もちろん困らせたくはないけれど、それよりも心配な気持ちが強くて我慢できなかった。
「だって、心配なんです」
「僕がかい?」
「はい。αは何人ものΩを相手にできると聞きました。もちろん修一朗さんを疑ったりはしていません、でも、いまでも修一朗さんに近づいてくるΩがいると聞いています。もし今夜もそんなΩがいたら……そんなの、僕は嫌です」
「なるほど。話の出所は瑠璃子嬢か、それとも兄かな」
何人ものΩを、という話は瑠璃子さんから聞いた。修一朗さんがいまだに言い寄られているというのは修一朗さんの兄、孝太朗さんから聞いた話だ。
先日、二人で出かけた横濱の港でも数人のΩに声をかけられたのだと孝太朗さんが話していた。それを聞いた僕は出された紅茶の味がわからなくなるくらい心配になった。
(もし、修一朗さんが僕以外のΩに惹かれたりしたら……)
そう考えるだけで不安よりも不快な気持ちが広がっていく。こんな感情に囚われるのは生まれて初めてで、しばらく戸惑ったり混乱したりもした。
(でも、これが僕の正直な気持ちだ)
まさか、自分がこんなにも強欲になるとは思わなかった。以前の僕なら「なんてみっともないんだ」と思い、この気持ちは隠さなくてはと考えただろう。
でも、もうあの頃の僕とは違う。誰よりも大事な僕だけのαのためならどこまでも欲深くなれるし、誰にも目を向けないように修一朗さんを誘惑することだってできる。
(こんなふうに変わってしまった僕でも、修一朗さんは好きだと言ってくれるから)
だから大丈夫と思っているものの、やっぱり少しだけ不安になった。不満と不安をごちゃ混ぜにしたような顔で、そっと修一朗さんの顔を覗き込む。すると、なぜか楽しそうに僕を見ていることに気がついた。
「……修一朗さんは、どうして笑っているんでしょうか」
「いや、千香彦くんに嫉妬されるのが心地よくてね」
「修一朗さん、」
「あぁ、どうか怒らないでほしい。むくれる顔も可愛いけど、僕は笑っている千香彦くんのほうが何倍も好きなんだ」
「……修一朗さんはずるいです」
そんなことを言われたら不満そうな顔なんてできなくなる。
「そうだな、たまには連れ立って出かけるのもいいかもしれない。しかし、そうなると僕の嫉妬心が大人しくしてくれるかが問題になる。美しく優しく、それにΩの気高さまで備えた千香彦くんに横恋慕する輩は多いんだよ。まったく、何度蹴散らしても懲りないんだから困ったものだ」
苦笑しながら触れるだけのキスをしてくれた。いつもはふわりと漂う修一朗さんの香りが途端に強くなる。
(修一朗さんは、いつだって僕を想ってくれている)
香りが強まるのはそういうことだと教えてくれたのは修一朗さんだ。だからか、香りを強く感じるだけで僕の体はじわりと熱を上げる。その熱に心地よく身を任せながら、今度は僕のほうから舌を絡ませるキスをした。
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