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身代わりβの恋の行く先1
(怠いからか、体が少し重く感じる)
それに熱っぽさもひどくなってきた。それでも修一朗さんに心配をかけたくなくて、今日の話を断ることができなかった。
(小さなパーティだと言っていたけど……)
連れて来られたのは僕が想像していたよりもずっと大きな屋敷だった。子爵と聞いていたけれど、かつて侯爵位だった寳月の家よりずっと立派で腰が引ける。
今夜は嶽川子爵の弟の婚約を祝うパーティということで、珠守家にも案内状が届いたそうだ。「商いで少し縁があっただけなのに」と修一朗さんはため息をついていたけれど、僕を同伴すると決めてからは何やら楽しそうな様子だった。
そんな姿を見たら断ることなんてできなかった。それに「修一朗さんの役に立つことなら」と思うと断りたくなかった。僕も一応は華族の男子、何とかなるはずと思いながら毎日作法の本を読んだりもしてきた。
(だからきっと大丈夫と思っていたんだけど……)
やっぱり僕には場違いだ。
「修一朗さん、やっぱり僕は来ないほうがよかったんじゃ」
「そんなことはない。いや、あまり注目されるようだと僕の嫉妬心が耐えられるか不安にはなるけどね」
そう言って修一朗さんの指が首飾りに触れる。直接肌に触れられたわけじゃないのに、たったそれだけで僕の体はすぐにポッと熱を上げてしまう。
「あぁほら、また千香彦くんを見ている輩がいる」
たしかに大勢の視線を感じるけれど、それは僕を品定めしているだけだ。寳月家のことをよく知っている人は僕がβの男だとわかっているだろうし、寳月家をよく知らない人たちも噂で聞き及んでいるはず。だから真相を知りたがっているのだろう。
(もしここでβだと露呈してしまえば……)
きっと大変なことになってしまう。僕が非難されるのは構わないけれど、修一朗さんに迷惑をかけてしまうのだけは避けたかった。何とか誤魔化しきらなくてはと思ったところで「よくいらっしゃいました」という男性の声がした。
「あぁ、今夜はお招きいただきまして……」
修一朗さんの言葉から、この人がパーティの主役なのだとわかった。一歩下がったところに着物を着た男性が立っている。美しく優雅で華奢な雰囲気、それに首に着けた漆黒の首飾りからすぐにΩだとわかった。
小さく会釈をした僕は、修一朗さんの影に隠れるように立った。そうして自分の格好をそっと見下ろした。
今夜着ている三つ揃えのスーツは修一朗さんが用意してくれたものだ。色は美しい銀鼠で、用意してくれた首飾りには修一朗さんのタイとお揃いの宝石があしらわれている。「よく似合っているよ」と修一朗さんは褒めてくれたけれど、こうした本格的な洋装をしたことがない僕には馬子にも衣装といった雰囲気に違いない。
(それに、いくらそれらしい首飾りをしたところで僕は偽物でしかない)
修一朗さんには、目の前で美しく佇んでいるようなΩが似合う。同じ男性だけれど本物と偽物はこんなにも違うのだと胸が痛くなった。
(この首飾りも、偽物の僕に似合うはずがない)
首に張りつくようにぴたりとしたΩ用の首飾りを指で撫でる。姉の桜色のものより濃い紅色だからきっと目立つだろう。せっかく修一朗さんが今日のためにと用意してくれものなのに、誰の目にも偽物にしか映っていないに違いない。
「少し外の空気を吸ってきます」
「千香彦くん、」
呼び止めようとした修一朗さんに会釈してから中庭に向かった。きっと僕がそばにいないほうがいい。一緒にいたら修一朗さんの評判を落としてしまいそうな気がして居たたまれなかった。
(やっぱり僕には無理なのかもしれない)
修一朗さんの役に立ちたいと思っていたけれど、βの男でしかない僕には難しかったんだ。ここに来てそれがよくわかった。
「あら、あなたは……」
椿の木の近くでため息をついていたら女性の声がした。振り返ると見覚えがあるご令嬢が立っている。「誰だったかな」と思い出そうとしたところで「やっぱり寳月の」という声でようやく思い出した。
(そうだ、この人はたしか)
華やかなドレスを身に纏い、首に装飾品がついたΩ用の首飾りをしている女性は都留原のご令嬢だ。十年くらい前になるけれど、寳月家で行われた姉の誕生日を祝うためのパーティで見かけたことがある。
すっかり大人びた姿に変わったものの、どことなく昔の面影があった。おそらく向こうも僕に子どもの頃の面影を見つけたのだろう。少し驚いたように「やっぱり」と口にしている。
(ということは、この人が修一朗さんの……)
年齢からして間違いない。そう思ったら顔を見ることができなくなった。
Ωとしての可憐さもさることながら、自信に満ちあふれた姿だと思った。こういう人こそ正真正銘の華族のΩなのだと痛感させられる。
「修一朗様と結婚されたと聞きましたわ。おめでとうございます」
「あの、ありがとう、ございます」
返事をしながら顔を隠すように頭を下げるが、チクチクとした視線を向けられている気がする。やっぱり俯いたままでは失礼かと思い顔を上げると、鋭い眼差しを向けられてたじろいでしまった。
(きっと僕が結婚相手だということに納得していないんだ)
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