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横を走り抜けざま彼の目に、その老紳士は印象的だった。
ステッキを手に泰然と空を見上げたその姿は、奇異とまではいかなくとも、相容れないものに思えていた。
冷たくはないのか。濡れたなら。
降りかかるものを避けようとはしない。いくつもの理由が脳裏をめぐっては消えていったが、どれもがなんとも収まらなかった。
とらえた紳士の表情は、決して諦念ではない穏やかなものであったために。
考えごとは半端に断ち切られてしまった。
「こっちへ」
ふいに真横で声が言い、同時に腕を引かれていたために。
声の主を確認する間はなく、彼の道は曲げられていた。知っている声には間違いないことと、握る手に躊躇いのないことに、迷う隙を奪われたのだ。
導かれるまま走ってしまった。途中から道は道でなくなり、芝生の上を駆けていた。
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