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雨垂れは龍の恵み──白娘は人々の理想と想像を具現化したような幻獣を頭に思い描き、静かに水嵩の増した川を眺めた。
「陰に舞う雨 心を乱して」
雨になるとどこからともなく聞こえるその声に、白娘は花が咲いたように顔を綻ばせる。
「守の天龍や いざ給え」
静かに応えた白娘は、期待を込めて雨に歌う。
カンッ……カンッ……
耳を劈くような高い音が合図のように鳴り響き、白娘は今日も自分の声が誰かに届いた事に安堵する。
きっかけは1ヶ月前。
屋敷に郷堂がいない事に浮かれた白娘は、人買い時代に化け物から教えて貰った童唄を歌って窓の外に想いを馳せる。
すると何処からともなく風に乗った紙切れが窓の隙間から投げ込まれ、急いで書いたような筆跡で書かれたそれには、唄の歌詞が記されていた。
「何故この唄を……?」
驚いて声上げた白娘が辺りを見渡しても雨音が耳を塞ぎ、視界を曇らせるだけで何一つ見当たらない。
ただ一つ、鉄を打つ独特の音を除いて。
それからというもの、顔も名前も知らないその「誰か」は、雨降りになると必ず白娘に歌い掛けるようになった。
籠の鳥である白娘にとってその「誰か」は、実のところ誰でも良かった。
──郷堂以外の「誰か」が自分の存在を認め、少しでも記憶の片隅に置いてくれるのなら、自らがこの世に生まれ出た理由の1つに数えられる。
白娘の願いは単純で、それでいて悲しいぐらいに真っ直ぐだった。
響き渡る鍛治の音に唄の調子を合わせた白娘は、上機嫌で音が止むまで……いや、雨が止むまで歌い続ける。
顔も知らぬ、たった1人の「誰か」の為に──。
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