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よく晴れた日の朝、郷堂はいつものように自身のはだけた着物を整えながら呟く。
「白娘……お前に会わせたい者がいる」
珍しく機嫌の良さそうな郷堂は白娘の座敷牢に着くなり、猫撫で声で笑った。
「私に、ですか?」
「あぁ……お前の居場所を作ってくれた、腕の良い職人だ」
自分の口から出た言葉を咀嚼するように頷きながら喋る郷堂は静かに牢の鍵を開けると、白娘に自分好みの着物を着せて髪を結ってやる。
元々手先の器用な郷堂は慣れた手つきで髪を束ねて固定すると、スッと椿と錨草の簪を白娘の棚から抜き取って髪に添えた。
「綺麗だぞ、白娘」
全てを自分色に染めた事に満足した郷堂は、弓形に目を細めて白娘の唇を貪る。
──嫌な予感が当たらなければ良いのだけれど。
白娘は郷堂の溺れるほどの歪んだ愛情に舌で応えつつ、一体どういう風の吹き回しかと訝しげに思った。
「……それにしても白娘、お前は雨が好きか?」
ねっとりとした糸を伸ばして唇を離した郷堂は、唐突にそんな質問をする。
「えっ?……えぇ、好きです」
「そう……か、そうなら良いんだ」
「郷堂様はお嫌いで?」
「あぁ、つい先日嫌いになった……今日みたいに晴れた日は心地良い」
不自然な会話を重ね、白娘は段々と郷堂が人では無い何かに思えて仕方なかった。
その得体の知れない気味悪さに拍車を掛ける郷堂の爛々とした怪しい目付き、言葉の端々、体の運び──その全てに白娘は生唾を飲む。
──彼は、私だけの「誰か」に気付いてしまったんじゃないかしら?
疑心暗鬼になった白娘は瞼を伏せて考え込むと、郷堂はそれをも許さないとでも言いたげに白娘の顎を掴んで虚無に浮かんだ焦りを読む。
「なぁに、心配しなくてもすぐ会えるさ」
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