鍛冶屋の望春

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 郷堂の背中を追いかけるように辿り着いたのは、小さな鍛冶場だった。  熱気が立ち込める鍛冶場は石炭の熱で陽炎を作り、皮膚がひりつく様な空気に触れた白娘は眉を顰める。 「おーい、望春……望春はいるか?」  高らかと声を上げた郷堂は辺りを見渡すと、奥から「只今」と声が聞こえる。  そそくさと顔を伏せてやって来た「望春」と呼ばれた男の風貌は若く、白娘と同じぐらいの年齢にも思えた。 「さて白娘、この者がお前に合わせたかった職人だ……お前を飾るあの屋敷牢を作る時に細工を施したのも、この男よ」  鼻高々と顎を上げて自慢する郷堂と対照的に、望春は片膝をついて低く俯いたままで一向に顔を上げる様子はない。 「そう……ですか」  どう反応して良いか分からず曖昧な返事を返した白娘を目尻に、郷堂はつまらなさそうに望春を冷たく見下すと、「何故……褒めておるのに顔を上げぬのだ」と言い放つ。 「有難いお言葉、光栄の極みです……しかしながらわたくしは下賤の身であります故、大事なご婦人のお目汚しとなっては……」 「良いから顔を上げよッ」  丁寧な望春の言葉を遮った郷堂は、有無を言わせない圧を言葉に宿して放つと、望春はゆっくりと面を上げる。 「?!」  白娘は言葉を詰まらせた。  目元に大きくついた火傷の跡は、紛れもなく生き別れた化け物そのものであったのだ。  その跡さえなければきっと分からなかったであろうぐらいに成長した化け物は、火傷の跡を差し引いても精悍な顔立ちをしており、白娘と視線を絡めた望春もまた、「木蓮……!」と呟いて同じ様に目を見開く。 「やはり貴様だったのか!」  疑惑から確信に変わった郷堂は嫌味なぐらい唇を釣り上げて刀を抜くと、目にも止まらぬ速さで望春の目を斬りつける。 「この一太刀は、白娘を拝んだ分」  迷いなく斬りつけた郷堂は静かな口調でそう告げると、呻き声を上げながらよろめく望春にゆっくりと近付く。 「この前の雨が降った時、珍しく童唄が聞こえてきてなぁ……白娘の部屋でお前の字で書かれた文を見つけた時にまさかとは思ったが……」 「な、なんて事を……!」  咄嗟に声を上げた白娘は、赤い赤い血を溢れさせる望春に駆け寄って抱き締めると、怒りに打ち震える郷堂を睨む。 「邪魔をするな!」  郷堂は力任せに白娘を払い除けると、先程まで望春が向き合っていた竈門へと向かう。  赤よりも赫い引き伸ばされた鉄の塊を火箸で挟んだ郷堂は、その鋼を望春の前に差し出す。 「口を開けよ……これは貴様が白娘を口先で誑かした分だ」  既に視界が奪われている望春も鼻先に差し出された熱気がなんなのかを察し、ゴクリと喉を鳴らして後退りした。 「なんだ、主人の言うことが聞けぬのか?」  ジリジリとにじり寄る郷堂を恐れながら、もう2度と見ることのできない白娘に「逃げろ!」と叫ぶ。 「早く逃げろ……僕の……僕の事は気にするな」  痛みに耐えつつ叫ぶ望春の傷口から流れる血液が涙のように伝うと、白娘は静かに簪を抜いた。 「人の心配をしてる場合か?」  蛇の様な目で望春を睨む郷堂は、望春の頭を鷲掴みにして火箸を顔に寄せる。 「その言葉……貴方にそっくりお返しします」  白娘の声が鍛冶場に響いた時、郷堂の肩から緋色の液体が滑った。それは血塗れの望春のものではなく、郷堂本人から流れている。  白くしなやかな髪を揺らした白娘は自らの簪が突き刺さった郷堂を見て、こんな人間にも赤い血が通っているのかと実感が湧かないまま感心した。
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