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郷堂が街中を歩くと、良くも悪くもすれ違う人の波が恐怖の表情で振り返っては道を2人分より大きく開ける。
白娘は、隣を歩く血塗れの男を横目で盗み見た。
年齢は30を超すか越さないか、横顔だけ見ていれば整った顔立ちでありながらも、郷堂の目には何とも言い知れぬ残忍さがある。
その上、薄い唇の左下に据えられた立派な笑い黒子が印象的で、白娘は郷堂かどこか作り物じみているようにさえ思えた。
「髪は……結わないのか?」
不思議な響きを持った独特の低い声の郷堂は、顔を向けないまま白娘と同じように横目で尋ねる。
「……結う簪さえ、持ち合わせが無いので」
交わった視線を避けるようにそそくさと白娘は目を伏せると、自らの過去を無様だと振り返って嗤った。
「そうか」
単調な言葉を投げた郷堂は、白娘の伏せた顔を覗くように向き、「来い」とだけ吐き捨てて白娘の腕を引っ張る。
白娘としては少し強引な郷堂に眉を顰めつつ、その少し早い歩幅に合わせて後に続くと一軒の出店に辿り着いた。
「いらっしゃい……ませ」
洒落た小物を並べた店屋の女主人は、郷堂を見るならこの世の終わりの如く顔を引き攣らせて歓迎すると、「何をお探しでしょう」と歯を震わせて微笑んだ。
「簪を……とびきり上等なものがいい」
女主人の対応など毛の先ほども気にしてない郷堂はじっとりとした眼差しで店内を見渡すと、そそくさと持ってこられた鮮やかな細工の数々を手に取って眺める。
「これだな」
暫く続いた沈黙を破った郷堂が手にしたのは、大きな薄紅の花が1輪と、独特な形をした白の小花が連なった美麗な簪だった。
「それは椿と錨草……花言葉は……」
恐々と花を見つめる女主人は生唾を飲んで郷堂を見つめるも、郷堂は聞く耳を持たないまま白娘の髪を束ね、静かに簪を添えては女主人を一瞥する。
「そんなものはどうだって良い。お代は?」
横目で睨まれた女主人の冷や汗が緩やかに頬を伝い、まだ傾く様子もない太陽の光に反射して一縷の金糸のように輝く。
「は、はいっ!」
蛇に睨まれた蛙みたく震える女主人が白娘の隣を過ぎる瞬間、僅かに白娘に振り返った女主人は懸命な思いで一際小さく言葉を吐いた。
「御嬢さん、アンタも運の尽きだねぇ……」
白娘は返事をしなかった。
ただひたすらに、自らの運命が車輪の如く動くのを呆然と眺めているしかない、己の不甲斐なさに口を結ぶ。
頭に刺さった簪が、白娘には酷く重く感じた。
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